遠坂八重『白色光の影を浚う』◆熱血新刊インタビュー◆
やるせなさから描く

死んで欲しいと思っていたパワハラ上司が、「私は殺されました」という一斉メールを残して死んだ。容疑者は、部下全員──。ブレイク作となった2025年2月刊の『死んだら永遠に休めます』は、発売直後から「エグい」「怖い」の声が噴出し、瞬く間に口コミが広がっていった。ところが作家自身は、そんな感情を引き出すつもりは全くなかったと言う。
「自分としてはコミカルなものを書いたつもりだったんです。探偵役のキャラクターはコミカルだし、終わりも希望が見えるようにと考えていたので、そういった明るい要素を上回るエグさがあるんだこの作品は、と読者さんに教えていただきました(笑)。編集者さんからも〝エグいものを〟というご依頼をいただくことが多くなって、その需要に応えていきたいという気持ちが今では強くなっています」
ただ、最新刊『白色光の影を浚う』は、全く異なるモチベーションから執筆されたものだった。本作は、第25回ボイルドエッグズ新人賞を受賞したデビュー作『ドールハウスの惨劇』(2023年1月刊)から始まる青春ミステリー・シリーズの第3作にして、完結作だ。
「これまでの2作を振り返ってみた時に、描かれている事件の中身が、普通の高校生が単なる好奇心だけで首を突っ込めるタイプのものではないなと思ったんです。特に探偵役の麗一は、無鉄砲なところもあるけれど完全に常識外れというわけではなくて、根は優しいし倫理観もちゃんと持っていたりする。それなのにこんなにも危険な事件に首を突っ込んでいく理由は、彼の生い立ちが関わっているんじゃないかなと想像するようになりました」
第2作『怪物のゆりかご』(2023年9月刊)では、麗一が高校生ながらオンボロアパートで一人暮らしをしていることについて不思議に思った第三者から、両親の存在について尋ねられる場面がある。その答えは、「諸説あります」。どちらかと言うとコミカル寄りの文脈で放たれるこのセリフを書いた時は、麗一の過去や家族関係については何も決めていなかったという。
「2作目まではバックグラウンドは何も考えずに、あくまでもちょっと個性的なキャラクターというつもりで、そのセリフだったり一人暮らしをしているという設定を出していたんです。でも、今回はそこを掘り下げて書いてみたいな、と。相棒の蓮司に関しても、ただ仲がいいだけの友達だったら、麗一が首を突っ込む危険な事件についてはいかないなと思ったんですよね。二人の間には過去にできた強い絆があって、二人で乗り越えてきたものがあったからこそ、助手役を買って出ているんじゃないか。今まで書かずにいた主人公二人の過去と向き合うことで、シリーズを綺麗に終わらせたいと思ったんです」
考えてもどうにもできないやるせなさを、物語に昇華する
歩道から飛び出してきた少女が、男の運転する車に轢かれて亡くなった──。短いプロローグで描かれるのは、匿名の三人の視点から見た交通事故の様子だ。本編でまず最初に登場するのは、中学3年生の曽我朝美。彼女は小3の終わりから月に一度、家に引きこもり不登校を続ける同級生の文乃に会いに行っている。ところが、高校進学を控えたその日、扉の向こうにいるはずの文乃の気配がいつもとあまりにも違うと気付く。その予感は真実だと判断せざるを得ない証拠を目にして、「そこにいるの……誰?」。ホラーな感触が爆発する瞬間だ。
「部屋に引きこもっている子が入れ替わっているんじゃないかというアイデアは、数年前からあったんです。お話のいい入り口になるかもしれないと思い、そのアイデアを冒頭に持ってくることにしたんですが、答えは自分でも全く分かっていませんでした(苦笑)。私の場合、どんな謎でもそうなんですが、書き進める中で何パターンも何パターンも考えて〝これだったら納得できる〟という解を見つける、というやり方なんです」
その後、語り手はワトソン役の高校3年生・滝蓮司へと替わり、次いでホームズ役の卯月麗一へとバトンが繫がっていく。鎌倉の進学校・冬汪高校で学内便利屋として活動している2人のもとに、怪談話が舞い込んで……。現在と過去、時間軸と語り手をシャッフルしながら物語は進んでいき、やがて浮かび上がってくるのは、プロローグで描かれた交通事故を巡る(幾つもの)因縁だ。
「交通事故に関しては、危険運転致死傷罪が適用されるにはすごくハードルが高かったり、適用されても20年もいかないという量刑の軽さへの憤りがあります。一方で、急な飛び出しですとか横たわっている人を気づかないで轢いてしまって実名報道されてしまう、というケースをたまにニュースで見たりして、そのことに対するやるせなさも同じくらい感じていました。考えても考えてもどうにもできないそのやるせなさを、物語に昇華したいと思ったんです」
麗一の過去もまた、やるせない、と表現するほかないものだ。自分を置いて出て行った母を、「ふくらはぎの妖怪」と認識しているというエピソードは特に印象に残る。
「ふくらはぎって、見方によっては人間っぽいなと昔から思っていたんです。ふくらはぎがちょうど顔の位置にきたら、のっぺらぼうに見えるんじゃないかな、と」
母との思い出は悲しみに塗りつぶされているからこそ、ごく短い間だけ存在した幸福な幼少期で、父に「お引越し」をしてもらった時の心情は光り輝いている。
「私も子供の頃、親に自分をお布団まで運んでもらいたくて、寝たふりをしたことがあったんです。そのことを当時〝お引越し〟と表現していたわけではなかったんですが、そういう子供らしい感情や優しい思い出が、麗一にもあってほしいと思いました」
この物語には、多くの人々の運命を悲劇的なものへと変えた人物が存在する。しかし、その人物を「犯人」と称することにはためらいがある。
「悪意を持った犯人というよりは、どこにでもある家庭の普通の子なんです。でも、誤解であるとか心のすれ違いが複合的に絡み合い、自分を守るために取った過去の行動が、結果として周りの人を巻き込んでしまった。そこもまた、やるせないんですよね。でも、そういうやるせなさって、見えてはいないだけで、自分の身の回りでも起きているかもしれない。もしかしたら自分もやるせなさの当事者の一人かもしれない、と読者さんに感じてもらえるようなものを書きたかったんです」
今まで小説を書いてきた中で一番、希望を感じて終われた
まだ足りない、まだ納得できない。ちりばめた謎に最も相応しく、最も意外な真相を書き進めながら探り当てようとする過程で、作家は登場人物たちの過去を深掘りすることにも腐心した。その結果、前2作までのコミカルな印象を吹き飛ばす、ダークな人間ドラマが顔を出すこととなった。
「ミステリーを書きたいというよりは、人間の心理的な部分を書きたいという気持ちが強いんです。謎や事件があると、しかもそれが不思議だったり罪深かったりするものだと、登場人物たちの心の動きが活発になるし、書くまでは想像もしていなかった所に進んでいく感覚があるんですよね。そうすると、自然とエグみが出てきてしまうんだと思います(笑)」
シリーズ完結巻となる本作でより強調されることとなったのは、ダークさだけではない。
「あまりにも辛くてやるせなくて、自分だったら逃げ出してしまうなと思うような出来事も、本当に自分にそれが降りかかってきたら逃げられないですよね。現実を受け入れて生きていくしかないという心情と、受け入れた先に見えてくる希望を書きたかったんです。ここで物語は終わるけれども、この子たちの人生はこの後も続いていく。そのことがきちんと思い浮かぶようなラストにできたと思っています。書き終えた時に、じんわりと〝このお話を書けて良かった〟と思えた。今まで小説を書いてきた中で一番、希望を感じて終われたんです」
今後は、ミステリーに限らずさまざまなジャンルに挑戦していきたいと言う。
「ずっと先になると思いますが、将来的にはSFもやってみたいし、時代小説にも挑戦してみたい。今回のように、10代の子達の心情を描くようなエンタメも書き続けていきたいですね。私自身、10代の頃は集団生活がものすごく苦手で、学校という〝箱〟の中で孤立しがちな人間だったんです。今も日本中に見えないけれどもたくさんいる、生きづらさを抱えた子供たちの気持ちに寄り添ったうえで、何かしらの希望を示せるようなものをこれからも書いていきたいんです」
遠坂八重(とおさか・やえ)
神奈川県出身。早稲田大学文学部卒業。2022年、『ドールハウスの惨劇』で第25回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、デビュー。著書に、『怪物のゆりかご』のほか、『死んだら永遠に休めます』『廃集落のY家』がある。

