乙一 × 吉田大助 ◇熱血新刊インタビュー【特別編】

僕の100回、僕たちの19年、そしてこれから

乙一 × 吉田大助 ◇熱血新刊インタビュー【特別編】

 吉田大助氏による本誌(「STORY BOX」)名物連載「熱血新刊インタビュー」が遂に三桁の大台に突入した。「聞き手」としての役割を離れ、この節目だからこそお会いしたい方は誰か。一〇〇回記念を祝して吉田氏に問うたところ、上がってきた名が作家・乙一氏である。さて、一体どうして? ライターと作家、一九年前の二人の邂逅から話は始まった。


吉田
 僕は今でこそ文芸にまつわる仕事がライター業の大半を占めているんですが、その最初の一歩となったのが、「Quick Japan」四五号(二〇〇二年一〇月刊)で乙一さんの記事を作ったことだったんです。

乙一
 そうだったんですね。

吉田
『GOTH リストカット事件』(二〇〇二年七月刊)が刊行されてすぐ読んで、旧知の編集者に「インタビューしたいです」と売り込んだんですよね。編集部で『GOTH』が回し読みされて大盛り上がりで、結果的に一三頁もの「乙一小特集」になった。もう一九年前になるんですが。

乙一
 僕が住んでいた、豊橋(愛知県)のアパートに来てくださいましたよね。

吉田
 編集者が「仕事場を見たい」とゴネたんだと思います(笑)。

乙一
『GOTH』は初めてのハードカバーで、それ以前はライトノベルのレーベルから本を出していたこともあり、取材自体ほぼ受けたことがなかったんです。取材のために豊橋まで来ていただけるとは、と思ったのをよく覚えています。

吉田
 乙一さんは一九九六年、高専時代の一七歳の時に、短編「夏と花火と私の死体」で第六回集英社ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞してデビューしました。そこから『GOTH』に至るまでの道のりをまるっと伺うという企画だったので、インタビュー時間がめちゃめちゃ長かったんですよ。その節は、お付き合いいただきありがとうございました。

乙一
 BGMとして僕が好きな映画を流しておこうということになって、『ミツバチのささやき』(ビクトル・エリセ監督)だか『鏡』(アンドレイ・タルコフスキー監督)だかのDVDを再生しました。でも、取材中に映画が終わってしまって。

吉田
 あぁ、じゃあやっぱり二時間近くインタビューしたんですね。

乙一
 そうしたら吉田さんが、「あっ、もう一回再生しますね」と言って、DVDプレイヤーのボタンを押したのを覚えています。

吉田
 二周目に入りましたか! 僕がよく覚えているのは、パソコンを見せてもらったことです。デスクトップに、イラスト作成ソフトで描いた黒猫の絵があったんですよね。「これは?」と伺ったら、「絵の練習中なんです」と。自分は一七歳の時にデビューしたけれども、たまたま最初に世に出たのが小説だったというだけであって、今後は漫画もやってみたいし映画もやってみたい。だから他の表現の勉強をしているんです、と。

乙一
 ちょっと恥ずかしいですね(笑)。でも確かに、漫画の原作をやりたいなとか、映画を撮るにしても絵コンテがうまく描けたほうがいいだろうなと思って、絵の勉強をしていました。

吉田
 乙一さんは昨年一月、本名の安達寛高名義で監督・脚本を務めた『シライサン』で商業長編映画デビューを果たしました。「有言実行とはこのことだ!」ということを、今回の記事で記録しておきたかったんです。

乙一
 ありがとうございます。実は、うちの奥さんは「Quick Japan」で乙一が特集されたのを見て、初めて乙一という作家を知ったらしいです。

吉田
 ええっ!?

「Quick Japan」45号
「Quick Japan」vol.45(太田出版、2002年)

乙一
 僕も知らなかったんですが、「Quick Japan」の特集を作ってくれた吉田さんと今度対談する、という話をうちの奥さんにしたらそんな話をされました。奥さんがその記事を読んでいなかったら会っていなかったかもしれないし、もしかしたら結婚をしてなかったかもしれません。

吉田
 完全にキューピッドじゃないですか、僕!

乙一
 はい(笑)。

吉田
 これからもライターとして頑張っていこう、と情熱が高まりましたよ。

他ジャンルを経て再び小説モードへ

吉田
 その後は定期的に乙一さんをインタビューしたり、たまにお酒を飲んだりするようになりました。乙一さんの担当編集者の一人としてお会いしたのが、現「STORY BOX」編集長でした。乙一さんに出会っていなければ、「STORY BOX」のインタビュー連載は一〇〇回どころか、一回も存在しなかったかもしれない。

乙一>
 なんと。

吉田
 文芸との繋がりが少しずつできていったのとシンクロして、小説家のインタビューや書評の仕事も増えていきました。一方で、乙一さんとお会いした頃は演劇ライターとしての仕事もバリバリやっていたんですよね。劇評を書いたり劇作家を取材したり、公演のパンフレットの編集やライティングを行なったり。その流れで、本谷有希子さんと乙一さんを引き合わせて、『密室彼女』という舞台(二〇〇六年五月上演、原案・乙一、作・演出、本谷有希子)のお手伝いもしました。「STUDIO VOICE」(二〇〇六年六月号)で二人の対談記事を作ったんですが、覚えていますか?

乙一
 覚えています。稽古を見学してから、本谷さんと話しました。

吉田
 乙一さんは当時、別ペンネームで作品を発表したり、自主映画の製作を本格化させたり……漫画家の古屋兎丸さんとの合作もありましたね。

乙一
 どんでん返しのあるミステリー、せつないものを書く人、というイメージが強くなってしまっていたんです。これからも小説を書き続けていくために、他の書き方に挑戦することで、新しい刺激が欲しかったんだと思います。

吉田
 そのタイミングで新しいトライアルを重ねていったことが、その後の健筆に繋がっていったのかもしれませんね。僕はというと、二〇〇〇年代終わりからアイドルのライター仕事がどっと増えました。指原莉乃さんの『逆転力』や高橋みなみさんの『リーダー論』など、書籍の構成も何冊かしています。

乙一
 人に歴史ありですね。

吉田
 本誌のインタビュー連載は二〇一三年六月号から、「小説 野性時代」の書評連載ももうすぐ一〇〇回なので、その頃から文芸の仕事に少しずつシフトしていって今に至るという感じです。自分発信というより、頼まれた仕事によって立ち位置が変わってきたなぁと思うんです。今楽しく仕事できているのは、自分に何かしらの期待をして、依頼してくださった皆さんのおかげですね。

「裏ベスト」を主軸にアンソロジー計画発動

吉田
 今日はもう一つお伝えしたいことがあったんです。「作家生活二五周年、おめでとうございます!」。

乙一
 ありがとうございます。ただ、税理士さんから言われたんですよ、「本、出してないじゃないですか」って。だから、ここしばらくは小説を書いていました。

吉田
 どんな内容ですか。

乙一
 イラストレーターの loundraw さんが監督した『サマーゴースト』という短編アニメ映画(一一月一二日公開)で脚本を書いたんです。そのノベライズ長編が一〇月末に集英社から出ます。そして実はもう一冊ありまして……。『サマーゴースト』の脚本執筆の際、最終的に使わなかったプロットの方も小説にしようという話になり、そちらも出版されます(一一月刊『一ノ瀬ユウナが浮いている』)。その二冊はどちらも、線香花火と幽霊というテーマで書かれたもので、読み比べをすると楽しいかもしれません。

吉田
 急にいっぱい出るじゃないですか(笑)。単著にこそなっていませんが、短編小説はコンスタントに発表されていますよね。特に最近は、異世界転生モノを数多く手掛けている印象があります。小説投稿サイト「小説家になろう」を震源地に一大ブームとなっている、同ジャンルの「乙一バージョン」といいますか。Twitter を拝見していると、当該ジャンルの作品をかなり読まれていますよね。

乙一
 常に異世界転生モノを読んでいますよ。「小説家になろう」でブックマークして連載を追いかけている作品が五十作品くらいあります。今ちょうど僕が書いている小説も、転生モノの、悪徳領主ものです。

吉田
 異世界転生のどんなところに魅力を感じていますか?

乙一
 自分という存在が、社会に受け入れられるまでの通過儀礼みたいなものを描いてるんじゃないかな、と考えたことはありますね。

吉田
 実は、僕にとって乙一作品の「裏ベスト」は、異世界転生モノなんです。「UTOPIA」という短編なんですが、とある文芸ムックに掲載されていたものです。

乙一
 ありましたね! 忘れていました(笑)。

吉田
 厳密にいうと異世界「転移」になると思うんですが、「ニホン」から剣と魔法の異世界に漂着した少女マリヤと、かの地の少年アレクの物語で、入口こそ王道極まりないラブストーリーなんですが……読み終えてから一五年近くずっと、ラストの衝撃を引きずり続けています。ただ、「UTOPIA」は、今は読めなくなっている。お願いがあるんですが、同作を核に据えた、乙一作品のアンソロジーを僕に編ませていただけないですか?

乙一
 やりましょう。

吉田
 えっ、やります? やりましょう!! 書き下ろしもお願いしたいんですが、大丈夫ですか?

乙一
 大丈夫です。ぜひ。

吉田
 四半世紀近いライター人生の中で何度かゲームチェンジがあったんですが、一九年前に乙一さんの特集記事を作ることで文芸の方面に一歩踏み出せたことも大きかったですし、今度は乙一さんきっかけでアンソロジストを名乗ることができそうです。何が一番嬉しいって、これから乙一さんと密なやりとりができることなんですよ。僕も大人になったので、長文メールで他の仕事の邪魔にならないよう気を付けます(笑)。

ダンデライオン
中田永一名義の最新文庫『ダンデライオン』(小学館)は、二度読み必至の青春ミステリー。

 

乙一(おついち)
1978年福岡県生まれ。17歳の時に『夏と花火と私の死体』でジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、デビュー。『GOTH リストカット事件』にて本格ミステリ大賞を受賞。『ZOO』『暗いところで待ち合わせ』『きみにしか聞こえない』など多数。中田永一名義で『くちびるに歌を』小学館児童出版文化賞を受賞。本名の安達寛高名義で映画監督としても活動。

(撮影/藤岡雅樹)
〈「STORY BOX」2021年11月号掲載〉

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