赤ちゃんが泣き止む?絵本『もいもい』の秘密を“赤ちゃん学”研究者に聞いた。

テレビ番組など多数のメディアで紹介され、話題を集めている絵本、『もいもい』。この絵本には、赤ちゃんについて20年にわたって研究を続けている開一夫教授率いる「東京大学 赤ちゃんラボ」の研究結果が用いられています。どんな研究により『もいもい』は誕生したのか、開教授にお聞きしました。

赤ちゃんの発育に、欠かせない“絵本”。その中でも、とある絵本が今大きな注目を集めています。

その絵本とは、赤ちゃんについて20年にわたって研究を続けている開一夫ひらき かずお教授率いる「東京大学 赤ちゃんラボ」の研究をもとに描かれた絵本『もいもい』。赤ちゃんの視線を釘付けにするイラストをふんだんに取り入れており、泣いている子も食い入るように見つめる……という効果がテレビ番組を中心に紹介され、話題となりました。

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出典:http://amzn.asia/al45xMP

そんな『もいもい』は、どのようにして生まれたのでしょうか。「東京大学 赤ちゃんラボ」の開教授にお話を伺いました。

 

“赤ちゃん学”の研究を始めたきっかけ

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【プロフィール】
開 一夫(ひらき かずお)

東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系教授。「赤ちゃん学」を専門とし、東京大学赤ちゃんラボを運営。赤ちゃんが本当に好きな絵本を作りたいと「赤ちゃん学絵本プロジェクト」を立ち上げる。

乳幼児も「正義の味方」を応援することを明らかにするなど、ユニークな研究を行っている。著書に『日曜ピアジェ 赤ちゃん学のすすめ』(岩波書店)、『赤ちゃんの不思議』(岩波書店)などがある。

 
―― 開教授が“赤ちゃん学”を研究されるようになったきっかけをお聞かせください。

開一夫氏(以下、開):赤ちゃん学とは、その名の通り赤ちゃんについて、発達メカニズムの解明などを研究する分野のことです。もともと、私は理工学部の出身で、人工知能を研究していました。しかし人工知能を研究するうち、「人間の子供は1年もすればあっという間に歩くことや話すことができるようになる。それはすごいな。」と思い、20年ほど前から人間の知能の研究を始めました。

基本的には研究室に来ていただいた赤ちゃんや小学生を対象に、プロジェクトに応じた研究を行っています。

たとえば、お母さんと赤ちゃんの間ではどのような相互作用が発生しており、赤ちゃんの認知発達に影響しているのか。アイトラッカーという、コンピューターの画面に表示した図柄を、赤ちゃんはどのように見ているのか。人の動作を精緻に計測するモーションキャプチャーという機械で、赤ちゃんに物事を教える時、お母さんはどのような動きを見せるのか。ごく一部ではありますが、このような研究を行っています。

 
―― ホームページでは研究にご協力いただける方を募集されていますが、これまで何人くらいの赤ちゃんに参加いただいたのでしょうか。

開:延べ5,000人を超える方にご協力いただいています。

しかし、日本で赤ちゃん学が研究されるようになったのが2000年くらいなので、赤ちゃん学研究歴史が浅いことも事実です。もとは発達心理学として、保育園で園児たちの様子をビデオに撮って分析するような形のものでした。研究室まで赤ちゃんに来てもらって、データを集めて……となると当然、時間もコストもかかります。心理学の研究として、大学に通う学生たちを教室に集めて、データを取ることと違い、研究を始めることが難しかったのです。

今では絵本をきっかけに、ご協力いただくことも増えました、これまで培ってきた赤ちゃん研究を絵本として出版できて良かったと思います。

 

赤ちゃんの視線を釘付けにして離さない絵本、『もいもい』が生まれるまで。

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―― 『もいもい』の絵や言葉は、どのように選ばれたのでしょうか。

開:タイトルや作中にも登場する「もいもい」という言葉は、赤ちゃんの好む「繰り返し音」、「声に出しやすい、まみむめもの音」という理由から、私が選びました。これはフィンランド語の挨拶でもありますし、響きが可愛かったのでロジカルな理由は実は無いんです。

そこから出版社と連携、「もいもい」という音から連想した絵を、4名のイラストレーターさんに「顔のようなものは避けてください」ということを指定したうえで、イラストのコンペティションを開催しました。

―― どのような理由から、「顔のようなものを避ける」と指定されたのでしょうか。

開:赤ちゃんは、顔のような絵であれば確実によく見る傾向にあります。そのため、顔や目のようなもの以外で目を引くものをお願いしていました。そうして描いていただいたイラスト4つを画面に表示した際、特に反応するものはどれか、赤ちゃんに審査員になってもらおうと考えたのです。

結果的に市原淳さんの作品への反応が見られていたため、このイラストをもとに絵本を作りました。とはいえ、実際に市原さんの描いたイラストは目のようにも見えるので、ギリギリのところだったのですが……。

―― 赤ちゃんは一般的に「赤い色が好き」「丸い形が好き」というイメージも強いですが、絵本を実際に見ると非常にカラフルでさまざまな形が使われていますね。

開:もちろん、このイラストは4つの候補の中で1位だったものですし、候補が多ければ違うものになっていたかもしれません。当然ながら、どんな人でも共通して絶対に好きなものはありませんよね。それは絵本も同じで、「どの色が好き」、「どの形が好き」と単純に決めつけてしまうことに違和感を感じていたんです。

以前より、私は「赤ちゃんが選んだ」とされるおもちゃや絵本に疑問を持っていました。赤ちゃん向けのデザインの商品はあっても、「それは家族が選んだだけで、赤ちゃんは本当に好きなのか?」と思って。

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―― たしかに、実際はお母さんなど周りの大人が選んでいるため、本当に赤ちゃんが選んでいるとは言い切れませんね。

開:赤ちゃんのための商品はあっても、「赤ちゃんが選んだ」とは明確に言えません。だからこそ、赤ちゃん研究の結果をもとに、本当に赤ちゃんに選ばせるプロセスを経たものを作りたかったんです。

―― 赤ちゃん研究の結果をもとにした商品として、「絵本」を選んだ理由はありますか。

開:ぬいぐるみやおもちゃと比べ、絵本は比較的誰でも手に入りやすく、図柄を画面に表示するだけでよいので、赤ちゃんの反応を見る実験に取り入れやすい、という面があります。ゆくゆくはおもちゃを含め、赤ちゃん向けの商品開発に研究内容を取り入れていきたいですね。

 

赤ちゃん学と『もいもい』、今後の展望

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―― 『もいもい』を読まれた方からは、どのような感想を寄せられているのでしょうか。

開:個人によって合う・合わないはありますが、「夢中になって読んでくれた」など、予想以上に好評価だったのが驚きでした。また、保育施設で働く保育士さんからも好評価で、「文科省の指定絵本にしてほしい」なんて意見までいただけたのが、個人的には非常に嬉しかったです。

―― 最後に、開様の今後の展望をお聞かせください。

開:赤ちゃん学は、認知的活動や社会性の発達をはじめとするメカニズムをとらえるのが研究目標です。

大学の研究室は、研究内容をさまざまな形で社会にフィードバックしていますが、絵本やおもちゃといった商品は、一般の方々に対してダイレクトに届きます。絵本を読むことは赤ちゃんにとっても親御さんにとっても良い効果があります。我々としても赤ちゃん研究が世の中に広がることで、より多くの方にご協力いただけるきっかけになります。

また、私の研究室以外の玩具メーカーや保育士さんらと共同して、赤ちゃんをもっと研究することで、周りの大人と赤ちゃんが、より良い関係でいられるようなものを開発できればと思います。

初出:P+D MAGAZINE(2018/07/04)

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