著者の窓 第17回 ◈ 中塚久美子 吉永磨美『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』

著者の窓 第17回 ◈ 中塚久美子 吉永磨美『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』

 ジェンダー問題への関心が高まるにつれ、性差をめぐる表現も見直されつつあります。一方で性差別による「炎上」も後を絶ちません。新聞労連ジェンダー表現ガイドブック編集チームによる『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』(小学館)は、報道関係者に向けてジェンダー表現の指針を示した本ですが、一般読者にも有益な情報が満載です。ジェンダー平等を実現するためには表現から、との思いを背景に生まれたこの本について、編集チームのメンバーである中塚久美子さん(朝日新聞)と新聞労連委員長の吉永磨美さん(毎日新聞)にうかがいます。


このままではいけない、と声をあげはじめた記者たち

──『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』は、「現役の記者たちの強い危機感」から生まれた本だそうですね。新聞業界におけるジェンダー意識について、教えていただけますか。

吉永
 新聞業界は男性の発言権が強いところです。男女比はだいたい八対二くらい、役員クラスになると女性は一割にも届きませんし、会社によってはほぼゼロというところもあります。そのために編集方針やニュースの価値づけも男性中心的という現状があり、その影響がジェンダー表現にも及んでいます。このあり方は変えなければいけない、という思いがありました。

中塚
 その結果、ウェブ記事で性的ニュアンスを匂わせる見出しを使い、ページビュー数(閲覧数)を稼ぐといったことをする。そうした現状に対し、自分たちの発信で誰かを抑圧したり傷つけたりしていいのか、という現場の声がありました。そんな声を束ねて、個々の事例を集めて作成したのがこのガイドブックです。組合員向けのガイドラインのつもりでしたが、今は誰もが発信者になる時代ですし、一般読者にも役立ててもらえると思います。

──編集チームによる共同執筆だそうですが、作業はどのように進められたのですか。

中塚
 中心になっているのは新聞労連の特別中央執行委員(女性役員枠)です。全国の委員でオンライン会議を開き、ジェンダー表現に関する課題を洗い出し、ガイドブックの大枠を決定しました。そこからチーム分けをして、一般組合員も誘って執筆者を振り分けていったという感じです。個々の事例については、全国各社の組合員に呼びかけて、気になる表現をあげてもらいました。

──編集チームのメンバーはすべて女性ですか?

吉永
 編集チームで執筆した二十人のうち三人は男性です。また事例集めのアンケートには男性の声も多く寄せられたので、男女問わず現場の記者たちの問題意識が反映された本になったと思います。

「リケジョ」「イクメン」の背後にある偏見

──第一章では気をつけるべきジェンダー表現の実例が、具体的に述べられています。「内助の功」「リケジョ」「イクメン」などは少し前まで、新聞でも使われていた気がしますが、状況が変わってきたということでしょうか。

吉永
 何気なく使っている言葉であっても、どういう意味合いを持つのか考えなければいけない。すでにそういう時代になっていると思います。特にマスコミ関係者は社会的影響力がありますから、人一倍敏感であるべきですよね。「これまで使ってきたから大丈夫」とするのではなく、よりよい表現を常に求める姿勢が必要です。

吉永磨美さん
吉永さん

中塚
 男女を入れ替えて、成り立たない言葉は基本的には使わないようにする。これは日常的な心構えとして、覚えておいて損はありません。たとえば「女子アナ」「女医」と言っても、「男子アナ」「男医」とは言わないですよね。そういう言葉の裏には、無意識的な偏見があるわけです。

──こうした風潮を堅苦しいととらえる人もいますし、フィクションにおける「表現の自由」が失われるのでは、という声もありそうです。

中塚
 たしかに「多様性を大事にするなら、言葉を削るのではなく増やすべき」というご意見もあります。しかし社会の周縁に追いやられ、声を出せない人が存在しているかぎり、多様性の実現はありません。足を踏まれている人が「どけてください」と言うのは正当な主張です。「こういう言い方は昔からあるじゃないか」という理由で差別表現を温存するのは、違うのではないかと思いますね。

吉永
 大切なのは差別や偏見を助長しないということ。そこを踏み外して、何でもかんでも規制するのはもちろん避けるべきです。といって差別的な言葉を野放しにするのもよくない。表現の自由を体現している報道機関として、丁寧に対応しないといけない部分だと思います。

ウェブ記事の見出しはなぜ過激になるのか

──第二章ではウェブにおけるジェンダー表現を取り上げていますね。ウェブの記事は紙媒体の新聞以上に、ジェンダー差別を含んでいるそうですが、それはなぜでしょうか。

吉永
 そもそも新聞とウェブでは読者層がまったく異なります。ウェブに進出して日が浅い新聞各社は、そこでどう発信していいか迷っているし、ウェブの読者層をとらえそこねている気がしますね。

──ページビュー数を増やすため、「ミニスカ姿でノーバン始球式」(ノーバンをノーパンと誤認させる)、「スク水揚げ」(アイゴの稚魚である「スク」ではなく、スク水=スクール水着と誤認させる)など、性的ニュアンスを匂わせる見出しもよく用いられるとか。

中塚
 魅力的な見出しをつけて、記事を読んでもらうように工夫するのは大切ですが、ジャーナリズムを標榜する新聞が安易に性的ニュアンスの見出しをつけ、しかも一度受けたら毎回同じような表現をくり返す、というのは問題です。

中塚久美子さん
中塚さん

吉永
 新聞と違って、ウェブは読者の反応がダイレクトに数値化されるという問題が大きいですよね。それでページビュー数を稼ぎたいがために、ジェンダー的に問題のある表現に走ってしまうことには注意が必要です。会社に貢献しようという記者ほど、ページビュー数を気にしてしまいます。でも本当にいい記事、地味な記事がウェブでは本当に読まれていないのかどうか、きちんと検討がなされるべきでしょうね。

──第三章のテーマは性暴力をめぐる表現。性暴力は「報道におけるジェンダー表現の中でも課題が多い」ものだそうですね。

吉永
 性暴力はジェンダー観のゆがみが、特に顕著になる部分だと思います。レイプを「乱暴」と言い換えたり、「ムラムラして衝動的に性犯罪を起こした」という報道が当然のようになされたりしていますが、その背後には性暴力にまつわる思い込みや偏見がある。こうした思い込みや偏見を「レイプ神話」といいますが、まずはこのゆがみを意識しなければいけません。レイプ神話は司法や行政を含んだ社会全体に蔓延していて、ネット上での被害者へのバッシングにも繋がっています。

──性暴力への思い込みや偏見について、社会全体が向き合うことが大切なのだと痛感しました。

吉永
 痴漢を含めた性被害は、毎日全国で起こっているんです。発生件数が多いからニュースとしては重要視しないという考えをまず変えましょう。とんでもないことが頻繁に起きているという現実を直視して、マスコミもしっかり報道していく必要があります。

中塚
 この章を読んでくださった女性が、「すごく勇気づけられた」と感想をくださったんですね。その方はつきまといの被害に遭った際、警察に相談したら「防犯ブザーを持ち歩いてください」と自衛を強調され、自分に落ち度があるように感じていたそうです。

吉永
 嫌なことは嫌だと声をあげていいし、我慢できないことはしなくていい。性被害は恥ずかしいことだから黙っているべきだ、という旧来の価値観は誰のためのものなのか。この章が、再考のきっかけになればいいと思います。

小さな波紋が広がって、社会を動かしていく

──第四章ではジェンダー平等を実現するための組織作りについて述べられています。お二人の職場では、具体的にどんな取り組みがなされていますか。

中塚
 朝日新聞では二〇三〇年までに、女性管理職の割合を二十五パーセントにするという目標を掲げています。でもこのままだと難しそうです(笑)。トップがメッセージを発しても、隅々にまで浸透していない。日々の業務に忙殺されて、「それじゃ仕事が回りませんよ」という声が出てしまう。トップと現場の両方の意識を変えるのが目下の課題です。

吉永
 わたしは労働組合の専従役員として活動していますが、そこで努めているのはフラットな関係作りです。正社員だろうが非正規だろうが、意見のある人の声には耳を傾けて、自分のこととして議論していく。ジェンダー問題はその先にあると思うんです。悔しいですけど、排除されることもありますよ。でもそこでひるまずに、排除されたことをまた発信すればいい。それが許される環境作りをしているところです。

吉永磨美さん

──改善ポイントとして、意思決定の場に女性の割合を増やす、フラットな人間関係、自分も当事者の視点を忘れない、組織丸ごと意識を更新する、という四項目があげられています。どこから手をつけるのがおすすめでしょうか。

中塚
 組織丸ごと意識更新するのが、実は一番簡単だと思います。たとえばジェンダー問題について話し合う勉強会、さまざまな事例を持ち寄って検証する場を、定期的に開くようにするとかですね。一人でできることは限界がありますし、それぞれの部署や組合でそうした機会を設けるのが早道じゃないでしょうか。

吉永
 それでもハードルが高いという方は、日常会話の中で「この表現ってどう思う? 気にならない?」ということを織り交ぜてみる。親しい友人や家族相手でも構わないんです。すぐには伝わらなくても、後々「あの人、ここが気になるって言ってたな」と思い出してくれるかもしれません。小さくても波紋を起こすことが大事だと思います。波紋が広がることで、社会は意外に早く変わるかもしれない。言葉の力って侮れないですから。

中塚
 おかしいと思ったら、口をつぐまずに声をあげる。どこかにきっと「わたしもそう思ってた」という人がいるはずです。

「失敗」しないことより、くり返さないことが重要

──ジェンダー問題についてより深く学びたいという人に向けて、おすすめの本を教えていただけますか。

中塚
 谷口真由美さんの『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)をすすめます。私たちの本と同じく「失敗」というキーワードがタイトルに入っていますが、こちらの本のテーマは組織論。日本の組織の中心にいる「おっさん」たちの生態について、詳しく知ることができます。『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』とあわせ読むことで、いろいろ見えてくるものがあるのではないでしょうか。

吉永
 わたしはレベッカ・ソルニットの『説教したがる男たち』(ハーン小路恭子訳、左右社)。「マンスプレイニング」(男性が偉そうに説明したり、知識をひけらかすこと)という概念を広めたベストセラーですね。これまで漠然と抱えてきた思いが代弁されていて、読んでいてすかっとしました。「そうそう、これが言いたかったんだ」と。社会や家庭でもやもやを抱えている女性にぜひ読んでもらいたいですね。

──最後にあらためてうかがいます。ジェンダー表現で「失敗しない」ために、わたしたちが普段から心に留めておくべきことは何でしょうか。

中塚
 失敗してもいいんです。それよりも失敗に気づくことの方が大事ですね。これまでマジョリティーはあまりに差別的な表現に無自覚で、「失敗していますよ」という指摘にも耳を貸してこなかった。そうした状況をまず変えていくべきです。一人一人が自分の表現と向き合い、失敗したらしっかり検証して、同じ過ちをくり返さないようにする。そのくり返しじゃないでしょうか。その「壁打ち」相手にこの本を役立ててもらえれば嬉しいです。

中塚久美子さん

吉永
 言葉は社会とともに変化し続けるので、ここまでやればゴール、ということはありません。失敗しないことよりも、さらに上を行く自分になれるように考え続けることが大事だと思います。そしてこの本をきっかけに、「じゃあジェンダー以外の問題はどうなんだろう」と考えてもらえたら、本当の意味での気づきになるのかなと。ジェンダーをひとつの出発点として、さまざまな不公平性に目を向ける、声をあげられない人たちの声を聞く。理想論かもしれませんが、この本がそのきっかけになれたらと思っています。


失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック

『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』
新聞労連ジェンダー表現ガイドブック編集チーム/著
小学館

中塚久美子(なかつか・くみこ)
日本新聞労働組合連合 特別中央執行委員。朝日新聞阪神支局 子ども・貧困専門記者。2008年から子どもの貧困を取材。貧困問題と深く関わるジェンダー、家族や無戸籍問題なども取り上げている。著書に『貧困のなかでおとなになる』(かもがわ出版) など。

吉永磨美(よしなが・まみ)
2020年9月から日本新聞労働組合連合中央執行委員長 、日本マスコミ文化情報労組会議議長を務める。毎日新聞 編集編成局 くらし医療部記者。教育、ジェンダー、福祉、情報公開などを取材し、労働組合ではメディアのセクハラ問題の改善に向けて運動を続けている。

(インタビュー/朝宮運河 写真/新聞労連、松田麻樹)
「本の窓」2022年7月号掲載〉

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