【著者インタビュー】千葉雅也『現代思想入門』/デリダ、ドゥルーズなど現代思想の代表的な哲学者の思考術をわかりやすく紹介

発売3か月で9万部突破! 異色のベストセラー『現代思想入門』についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「損か得か、善か悪かの二項対立で割り切れるほど物事は単純ではありません」

『現代思想入門』

講談社現代新書 999円

「はじめに」で現代思想を学ぶ「メリット」が具体的に綴られている。≪現代思想は、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する。それが今、人生の多様性を守るために必要だと思うのです≫。立命館大学文学部の授業「ヨーロッパ現代思想」をベースにしているという本書は、ツイッターでの出来事など卑近な例も交えながら、まるで講義を聴いているような語り口で進む。デリダ、ドゥルーズ、フーコーらの哲学を学びたい人のほか、生きづらさ、息苦しさを感じている人におすすめの一冊。

千葉雅也

(ちば・まさや)1978年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は哲学・表象文化論。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『動きすぎてはいけない』『ツイッター哲学』『勉強の哲学』『思弁的実在論と現代について』『意味がない無意味』や、小説『デッドライン』『オーバーヒート』『マジックミラー』などがある。

本格的なものを欲している読者は実は結構いるはず

 デリダ、ドゥルーズ、ラカンといった現代思想の代表的な哲学者の思考術を一般読者にもわかるように紹介する『現代思想入門』が売れている。発売3か月ですでに9万部に達する快挙だ。
「こんな硬いタイトルの本なのに、ここまで注目されて、自分でも驚いています。小説も含めたぼくのコアな読者はもちろんですけど、それ以外の、読者層の広がりを感じますね。ツイッターで自分の本の感想をいつも読むんですけど、教育現場の人や福祉の現場で働く人、ビジネスパーソンなど、いろんな人が自分のフィールドで応用を考えてくださっていてうれしいです」
 デリダやドゥルーズ、ラカンにしても、二項対立をくつがえす「脱構築」という概念にしても、難解で、歯が立たない印象がある。それでも、わからないものを何とかわかりたいと学習意欲を持っている読者は、意外にたくさんいるのかもしれないと思わされる、今回のヒットだ。
「もっと俗っぽいものを書かないと興味を持ってもらえない、と出版関係者はよく言いますし、実際に、そういう企画の立て方をしていると思うんです。でも、本格的なものを欲している読者は実は結構いるはずです。本格的な内容を世俗とつなげる書き方も可能で、そういうふうに書けば、きちんと届くんだろうとぼくは思っています」
 本のタイトルは「入門」だが、この本がめざしているのは「入門の入門」。できるだけ入りやすい入口を設定し、何かひとつ興味を持てたら、次は何を読めばいいか、丁寧に誘導する構成になっている。
 千葉さんがこれまで大学で教えてきた哲学の授業の内容をもとに、学生たちの反応も踏まえて練り上げられているから、とても読みやすい。
「大学の半期の授業では、じっくり本を読ませるところまではいけませんから、どうしても、『授業プラス学生に自分で読書してもらう』の二本立てになります。授業はその年によって話し方を変えたりもしますし、毎年しゃべっていると、だんだんストーリーが凝縮されてくるんです。
 この本は一気に書き上げていますが、長年の蓄積があって、何度も練習してきた話です。ぼくは15年ぐらいツイッターをやっていて、そこで見てきた現代思想への反発や誤解も、先回りして説明する工夫もしています」
 デリダを「概念の脱構築」、ドゥルーズを「存在の脱構築」、フーコーを「社会の脱構築」とそれぞれ説明する。その源流にある、ニーチェやフロイト、マルクスの思想も解説しながら、歴史的な知識を詰め込むのではなく、思考術のパターンとして紹介する。
 現代社会の複雑さを、複雑なまま、単純化せずに捉えるにはどうしたらいいか。哲学の本には珍しく、「ライフハック(仕事や生活に役立つ技術のこと)」という言葉で説明したりしながら、スムーズに実践へといざなう。
「学問は、『使ってなんぼ』と思ってるので(笑い)。考え方のOS(オペレーティングシステム。コンピューターを動かすための基本ソフトウエア)、自分の生活に結びつくような思考術のパターンをしっかり教えるほうが、長期的に見て独学力を高めることになると思います」

プロとは「自分の頭の中身を総とっかえできちゃう人間」

 この本のコピーは「人生が変わる哲学。」である。
「挑発しています。自分の価値観を変えたくない人は意外に多くて、特に中高年の男性に多いですね。ただ、『人生を変える哲学。』だと、この本によって無理やり変えられるようで、嫌だと感じる人がいるかもしれない。『人生が変わる哲学。』にすると、いつのまにか、ころっと変わっちゃうニュアンスが出て、多少、抵抗感も和らぐかな、と。
 ふつうの人は、学者になる、プロになるには、自分の考えをしっかり持つことだと勘違いしがちです。そうではなくて、プロというのは、自分の頭の中身をいつでも総とっかえできちゃう人間のことです。自分が変わることを怖がらない。スケボーのオリンピック選手が、危険な技に平気で挑めるのと同じです」
「盗んだバイクで走り出す」という有名な歌詞がある。本の冒頭で、かつては体制批判と受け止められたこの歌詞が、現在では「他人に迷惑をかけるなんてありえない」という捉え方もそれなりにあると書かれていて驚いた。
「ネットでは結構、話題になった話ですね。コロナ以前は、フーコーが論じた監視批判について話すと、『治安の維持に重要だからもっと監視をやったほうがいい』という学生のコメントが、少数ですがあって、ぎょっとしました。コロナ後は、『まさに今の状況だ』というふうに、学生の反応がヴィヴィッドになっていますね」
 コロナ禍が長引いたことや、ロシアのウクライナ侵攻など先行きが見えない社会状況も、この本への関心を高めているように思える。
「たまたまですけど、結果的にそういう面はあるでしょうね。日本では、特に東日本大震災以降、管理社会化を今後、どうしていくかというのが漠然とした大きなテーマだったと思うんですけど、今回のコロナで、生活の制限だとか、全体のために一部を犠牲にしなきゃいけない、といった局面が一気に強く出てきました。21世紀の社会状況を象徴するようなできごとだと思います。
 時代論になるけど、今は、損をしたくないという感情が非常に強くなっています。自分が損したくないという気持ちを押し広げて、誰かが得をしていると、『ずるい』と非難する。ネットで誰かの不祥事を叩いて炎上させるのもそういうことですよね。損か得か、善か悪かの二項対立で判断する人が多くなっているけど、物事はそんな単純に割り切れない。人とのつきあいだって、損も得も両方ある。もっとずっと複雑で、そういうリアリティにこそ人生の喜びはある。20世紀からの、そういう考え方を引き継いでいかないと、どんどん息苦しくなると思います」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 坂口恭平くんの『よみぐすり』(東京書籍)。坂口恭平という人は、文章を書いたり、絵を描いたり、非常に多面的な活動をしていて、自分の携帯番号を公開して、死にたいと思っている人の電話相談を受けたりもしています。この本は、彼のツイートの中の、人生の励ましになるようなものが集められています。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 そういう読み方はせず、そのときの必然性でジャンルを問わず読みますね。

Q3 座右の一冊はありますか?
『クレーの日記』。画家のパウル・クレーが、20世紀初めに書いていた日記で、どこへ行ったとか、パーティーで誰に会った、こういう絵を描いた、そういうことが書かれていて、読むとなんだか気持ちが解放されます。違う人生がある。エンターテインメントを読むより、他人の日記を読むほうが、フィクションを感じますね。

Q4 最近見てよかった映画やドラマは?
 あんまり見てない。映画『ドライブ・マイ・カー』も、見なきゃと思いながらまだ見てないんだよな。

Q5 最近気になる出来事は?
 飲食店で、スマホでQRコードを読ませて注文させる店が出てきたのが気になりますね。あれは非常によくない。店の業務の一部を客にやらせているようなもので、サービスの低下ですよね。どちらでも注文できる場合は、ぼくは口頭で注文するようにしています。

Q6 最近ハマっていることは?
 いま小説を書いててそれが楽しいのと、あとは筋トレ。最近ちょっとサボりがちですが。柔軟体操の前屈にハマっています。最近、トレーナーさんに体のバランスを見てもらって、まず前屈をやりましょう、って言われたんですよ。ぼくは体が硬いんですが、毎日10回を2、3セットやるだけで、2週間で指の第二関節ぐらいまでつくようになって、筋トレのバランスもすごくよくなりました。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/森清(講談社)

(女性セブン 2022年6.30号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/07/14)

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