『小説王』文庫化!特別対談 早見和真 × 森 絵都「作家の覚悟」
大手出版社の文芸編集者・俊太郎と、一発屋の作家・豊隆。いつか一緒に仕事をしようと誓い合った幼馴染の2人が、不況に喘ぐ出版業界で"必要とされる物語"を生み出そうと奮戦する様子を描いた早見和真の『小説王』が、文庫化された。
解説を担当した森絵都を迎えた今回の対談では、『小説王』の世界になぞらえ、「編集者とはどのような存在か」というテーマから、創作・執筆・改稿の苦労に至るまで、小説家という仕事の深部に迫る話題が次々に飛び出した。
物事の一面的ではない部分を描きたい
──今回の『小説王』文庫化にあたり、解説を森さんにお願いするというのは、早見さんの強い希望だったそうですね。
早見 そうなんです。森さんの作品は『リズム』からずっと読ませていただいていて、僕自身がデビューする前から物凄く憧れていた現代作家の一人でした。キャラクター、とくに男の子を描く際の距離感が絶妙で、見ようによっては少し冷たく見えるときもあるんですけど、最後には必ず希望を持たせてくれる。僕にとって森さんは、そういう作家さんでした。
森 嬉しいです。距離感については、自分ではあまり意識していませんでした。私自身が女性なので、男性を描く際にむしろ前のめりに踏みこんでいこうとするんですけど、やはり前提には性差による異質さがあって、それが微妙な距離感を生んでいるのかもしれません。どうせわからないところはわからない、みたいな。
──逆に、森さんから見た早見和真という作家の第一印象を聞かせていただけますか。
森 ある会で一度ご挨拶させていただいたあと、ご献本いただいた『イノセント・デイズ』を拝読したのが最初です。女性死刑囚の凶行の背景やその人物像を、周囲の人々の視点から浮かび上がらせていく、とても考えさせられる小説でした。これが実は早見さんの中でもかなり異質な作品だということを、私はあとから知ったんですよ。
早見 読者の中にも、そうおっしゃる方がすごく多いです(笑)。自分ではミステリーっぽく書こうと思った程度で、特別な意識はあまりなかったんですけどね。いつも通りに書いたつもりでした。
森 いつも通り。それはどういう姿勢ですか?
早見 物事に対して一面的ではない部分を描きたいという気持ちは、常に持っているんです。たとえば『ひゃくはち』では、メディアが報じるイメージとはまったく違う高校球児を描いたつもりですし、『ぼくたちの家族』では、一見すると幸せそうに見える家庭の、イメージの向こう側の部分を描きました。『イノセント・デイズ』も同様で、世間で「凶悪犯」と一括りにされている人たちの、本当の姿に迫るつもりで書いた作品です。
森 その迫り方が半端ではないので、読んでいて、ときに胸が苦しくなりました。書いているときはいかがでしたか?
早見 書いているときは、16キロくらい痩せました(笑)。
森 え、そんなに!
早見 いつも物語を主人公の間近で観察する努力はしているのですが、『イノセント・デイズ』ではさらに深いところに入り込み、透明人間になって主人公を傍らで見守り続けるくらいのつもりで書き続けました。すると途中から思いのほかキツくなってきてしまって……。執筆期間中は全然眠れませんでした。森さんはそういうことはないですか?
森 あんまりないんですよね。どちらかというと、執筆中の物語に深く入っていくほど、昼も夜も眠くなる(笑)。むしろ普段よりもたくさん眠るかもしれないですね。