思い出の味 ◈ 佐々木裕一

第21回
「餅」
思い出の味 ◈ 佐々木裕一

 全国とまではいかないが、有名な神社の門前町には旨い餅がある。旅に行くと神社仏閣に立ち寄ることが多いわたしは、同時に、餅をよく食べる。先日は和歌山県におじゃまして、帰りに奈良県に寄った。春日大社は初めて参詣したのだが、奈良駅から三条通りを歩いて行く途中で、よもぎ餅を食べた。テレビで見ていたので、一度は食してみたいと思っていた餅屋は、多くの観光客でにぎわっていた。注文して受け取った瞬間、柔らかいことに驚いた。つきたての餅は柔らかいのはあたりまえだが、一口食べて、他とは別物だと思った。柔らかさもそうだが、何より味がいい。外国人が多かったが、餅を食べている人は皆さん幸せ顔。旨い物は、世界の人を幸せ顔にできるのだなぁ、と、こちらも嬉しくなる。満足して、いざ春日大社へ。一の鳥居から本殿までの距離に驚いた。伊勢神宮も広いが、春日大社のほうが長い気がする。まっすぐな参道は、歩けど先が見えてこない。やっとの思いでたどり着いて、神様にお参りした。次は東大寺に行こうと決めていたのでそちらに足を向け、大仏殿の大きさに圧倒された。昔の人は、クレーンもないのにどうやって建てたのか。建築に無知なわたしは、城などを見ていつもそう思う。だが東大寺は、城の時代よりさらに時をさかのぼるのだから、当時の人は、たいへんな苦労があったに違いない。それにしても、奈良公園は広い。駅から歩いて回ったので、ホテルに帰って電子地図で距離を確かめたところ、十キロも歩いていた。普段は一キロも歩かない生活をしているので、思わず笑ってしまった。そして、昼食を食べていないことに気付く。でも、腹はさほど減っていない。参詣の前に食べた、あのよもぎ餅のおかげと気付く。小さな餅だが、まさに力餅だ。翌日は、京都まで一時間程度なので上賀茂神社に参詣することにした。本殿にお礼をして、時代劇でよく出てくるあの小川のほとりを散策して、しばし江戸時代にタイムスリップした気分にひたる。鳥居を出てすぐのところにある三軒並ぶ店を見ると、やはりあった。「もち」の文字が。賀茂名物やきもち。さっそく食す。餅はしっかりしていて、あんこは程よい甘さ。伊勢の赤福。出雲の神在餅。春日大社のよもぎ餅。上賀茂神社のやきもち。

 また食べたいなぁ。

佐々木裕一(ささき・ゆういち)

1967年広島県生まれ。2003年架空戦記『ネオ・ワールドウォー』でデビュー。10年『浪人若さま新見左近 闇の剣』で一躍人気作家へ。主なシリーズに、「公家武者信平」「身代わり若殿葉月定光」などがある。

〈「STORY BOX」2019年7月号掲載〉