ラブコメだけじゃない! 有川ひろの泣ける感動小説3選

有川ひろの代名詞といえば「ベタ甘小説」ですが、今回はそんな有川ひろの作品の中から、特におすすめの3作品を紹介します。

 
代表作『図書館戦争』は、人権を侵害する表現を取り締まる「メディア良化法」が施行された世の中で、表現の自由を守るべく、日々奮闘する図書隊の物語。その中で、ファンが一際注目しているのが登場人物の恋愛模様「ベタ甘ラブコメ」と称される恋愛シーンは、多くの女性ファンの心をときめかせてきました。しかし有川ひろの魅力はそこだけにあらず。今回は数ある作品の中から、胸が締め付けられるような感動小説に注目します。

 

【挫折と成長の物語―――空飛ぶ広報室】


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2013年にドラマ化された「空飛ぶ広報室」は航空自衛隊の広報室が舞台。不慮の事故でパイロット資格を失い、広報室へ移動した主人公が、個性豊かな人々と出会い、人として、広報官として成長していく物語です。

空井大佑は、交通事故に巻き込まれ、右足を骨折。数日後にはパイロットの花形、ブルーインパルスへの内示が出る予定でしたが、怪我によりパイロット資格を失い、自衛隊の広報室へ異動することとなります。ある日空井は新しいクライアントとの顔合わせに同席。相手は、帝都テレビのディレクター、稲葉リカ。彼女もまた記者という憧れの部署から、望まぬ部署へ異動させられた一人でした。

リカが空井と対面したとき、望まぬ部署異動と興味のない仕事から、彼女は空井にこんな言葉を投げてしまいます。

「だって戦闘機って人殺しのための機械でしょう?そんな願望がある人のドラマなんか、何でわたしが」
―脳に言葉の意味が届くまでにひどく時間がかかったような気がする。
届いた、と同時に脳細胞が沸騰した。
人殺しのための機械でしょう?―人殺しの機械に乗りたい人なんでしょう?
―何で俺たちがこんなこと言われなきゃならない、
人を殺したい、なんて、
「・・・・・・思ったこと、一度もありませんッ!」

怒りをあらわにし、リカに噛み付く空井。しかしその後、広報室・室長の鷲坂から諭され、広報室の役割をあらためて学び、前向きに仕事に取り組みはじめます。

一方リカも、空井から怒りをぶつけられたことで、自衛隊のことを少しずつ学ぼうとしていきます。そんな中、リカがとある女性自衛官へインタビューをすることとなり、空井も同席。女性自衛官はブルーインパルスに憧れていたこと、自分では力不足であったことを語ります。

それを聞いていた空井の目から溢れ出す。思わずその場を去る空井を、リカはインタビューを切り上げ追いかけます。

「空井さん」リカが声をかけた。
「すみません、何か邪魔しちゃって、何で俺、」
「カメラはもうしまいました。」
その言葉に、―持ちこたえていた堰が切れた。嗚咽がこらえようもなくこみ上げる。
「―足りてたんだ、俺はっ」
もうその場に居合わせているのが誰かなんてことは吹っ飛んでいた。
「ブルーに乗れるはずだったんだっ!内示までッ・・・・・・」
手に入れたスカイのタックネーム。そのタックでブルーインパルスに乗るという夢が叶うはずだった。もう指先がかかっていた。
「何で俺なんだよ!?」

はじめて自分の思いを吐露する空井。やりきれない思い、行き場のない気持ちをリカはそっと受け止め、空井の頭を撫でます。

理不尽な運命に振り回されながらも、広報官の仕事と向き合い、成長していく空井。空井と出会い、広報室の癖のある人たちと接していく中で、真実を伝えていくことの大切さをあらためて学んでいくリカ。二人の成長と登場人物それぞれのヒストリーに胸を打たれる作品です。

 

【物語を愛する者と、物語に愛された者のラストストーリー ―――ストーリー・セラー】


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sideA、sideBの二部構成になっている「ストーリー・セラー」のsideAでは、難病にかかった女性作家とそれを支える夫を、sideBではに犯された夫と、その女性作家の愛が描かれている物語です。

sideAの主人公は、デザイン事務所で働くサラリーマン。彼は、ある人のことが気になっていました。その人は「エンゲル係数」「服飾費」「潤沢」……、を話し言葉ではあまり使わないような言葉を使う、少し男っぽい面を持った同僚の女子社員でした。

ある日、彼女のUSBメモリの中に小説が入っているのを見つけた彼は、彼女の書く文章に引き込まれていきます。しかし、勝手に中身を見られ、自分の無防備なところがあらわになっている小説を読まれた彼女は激怒。

彼は彼女の書く文章が、今まで読んだ中で一番好きであることを、根気強く彼女に伝えていきます。彼女もまた、そんな彼にだんだん心を開いていきます。時間をかけて仲を深め、ついに結ばれる二人。彼は、彼女の作品をもっとたくさんの人に知ってほしいと思い、彼女に文学賞へ作品を出すことを勧めます。

応募した作品で大賞をとった彼女は、世の中から注目されるように。しかし彼女は不治の病にかかってしまいます。その病とは脳を使うたびに、脳が劣化していく病気でした。そしてその病は、脳をフルに使い、物語を紡ぐ作家という職業の彼女には、重く辛いものでした。

脳の劣化を防ぐため、できるだけ脳を使わないようにする日々……ついに、小説を書くこともやめてしまう彼女。しかしある日、彼女は彼にこう言います。

「・・・・・・ごめん」
ああ。やっと気がついたんだね、君は。
彼女は固まったようにテレビのほうを向いたままで呟いた。
「作家を辞めるかどうかじゃなかった。・・・・・・あたしが書くのを辞められるかどうかだった。」

書かずにはいられない、書くことに愛された彼女が、書くことをやめるということは死よりも辛いことでした。彼女がより長く生きられるよう、そして書き続けられるよう奮闘しますが、神は2人に残酷なラストを与えます。sideBでは、sideAと対になるように、女性作家を妻に持つ夫が、病に犯されるストーリーが描かれています。

女性作家と、その妻を愛する夫。sideA、sideBともに、「書く側の人間」と「読む側の人間」の心情、夫婦の尊い愛が込められた涙なしでは読めない作品です。

 

【一人と一匹の思い出を巡る最後の旅―――旅猫リポート】


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野良猫だったところを、悟に拾われ飼い猫となったナナ。5年間仲良く暮らしていた一人と一匹でしたが、悟とナナは、ある事情からナナの新しい飼い主を探すに出ることに。旅をしながら懐かしい人、美しい景色に出会う物語です。

ある一匹の野良猫は、毎日エサをくれる一人の男のことを徐々に信用するようになります。ある日猫は交通事故にあい怪我を負います。そんなとき男のことを思い出し、瀕死の状態で男のもとへ。怪我の看病をしてくれたその男は悟という名前でした。悟は猫に「ナナ」と名前をつけ、二人は5年間仲良く暮らしていました。しかし、ある日、悟はナナにこう言います。

「ナナ、ごめんな」
サトルは申し訳なさそうに僕の頭をなでくった。いいよいいよ、気にすんなよ。
「こんなことなってごめんな」
皆まで言うなって。僕は物の道理が分かった猫だよ。
「お前を手放すつもりはなかったんだけど」

そうしてナナと悟は、ナナの新しい飼い主探しの旅に出ます。しかし行った先々でトラブルを起こし、なかなか飼い主が見つからないナナ。どうして悟はナナを手放そうとしているのか、どうしてナナは、新しい飼い主のもとへ行こうとしないのか。そこには一人と一匹のお互いを思う温かい気持ちがあったのです。

猫のナナ目線で語られる、一人と一匹の旅物語。ラストに進むにつれ、涙で視界が歪み、嗚咽が止まらなくなります。読んでいると、まるで自分もナナと悟とともに旅をしているような気持ちになれる作品です。

 

【おわりに】

有川ひろの作品は、どの作品も各キャラクターの心情が丁寧に描かれています。だからこそ、登場人物と同じように、喜び、悲しみ、楽しむことができます。彼女の代名詞ともなっている「ベタ甘ラブコメ小説」以外にも、感情をゆさぶられる作品が多々あります。「毎日が平凡でつまらない……。」と感じているあなた。今回ご紹介した作品は、そんな毎日を変えるきっかけになるかもしれません。

初出:P+D MAGAZINE(2020/04/11)

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