【怖い絵本】子どもには内緒にしたい「大人向け絵本」の世界

大人になった今、改めて絵本の世界を楽しみたい。そんなあなたのために、子どもにはちょっと見せるのをためらうような選りすぐりの“ブラック絵本”を5冊ご紹介します。

突然ですが、あなたはこの絵に見覚えがありますか?

ねないこだれだ
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背筋がゾッとし、「早く寝ないとおばけの世界に連れて行かれる!」と思ったあなたは、きっと幼い頃にこの絵本を読んだことがある方でしょう。

言わずと知れた“怖い絵本”、『ねないこ だれだ』 。夜9時を過ぎても起きている子どもを「おばけ」たちが「おばけの世界」へ連れ去ってしまうという衝撃のラストで、多くの子どもたちにトラウマを残したであろう作品です。
『ねないこ だれだ』はそんな怖い内容でありながら、1969年の発売からいまに至るまで150刷以上の増刷を重ねている、人気の衰えない1冊。

子どもが怖がる絵本が、なぜロングセラーであり続けるのか? ――それは、絵本の読者が必ずしも子どもではなく、我々大人でもある、ということを示しています。幼いころに初めて触れた“怖さ”や“残酷さ”にどこか親しみを覚え、大人になって再び絵本に手を伸ばしたという方も多いのではないでしょうか。

今、改めて絵本を楽しみたい。そんな大人のあなたのために、子どもにはちょっと見せるのをためらうような、選りすぐりの“ブラック絵本”を5冊ご紹介します。
 
 
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谷川俊太郎 作/安野光雅 絵『あけるな』

あけるな
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【あらすじ】

表紙の扉に大きく書かれた「あけるな」の文字。ページをめくるごとに、同じ扉に「あけるなったら」「あけるとたいへん」「あけてはいけない」という看板がかかっています。最初の扉を開けてしまうと、そこは木々の茂る森のなか。木の間に扉を見つけ、どんどんその先に進んでいくと、辿りつくのは思いもよらない場所で……。

何よりまず、そのタイトルが目を引く『あけるな』。扉のイラストに添えられた文章は、

「へんな とびらだなあ これがあけずに いられるかい」
「とびらってのはね あけるためにあるんだよ」

と、谷川俊太郎らしい、声に出して読みたくなるようなリズムで綴られています。

特徴的なのは、これが主人公の存在しない、一人称の作品であること。「僕」「私」といった登場人物が存在せず、読み手はそのまま、扉を開けてゆく張本人として物語に参加させられるのです。扉を開けた先にある風景は、「びいだま」「きれいなゆうやけ」「みたことのある とびら」
まるで自分自身の心の中をどんどんクロースアップしていくような詩的な作業に、読み手はいつしか没入してしまいます。最後の扉の向こうに何が待っているかは、あなた自身の目で確かめてみてください。

エドワード・ゴーリー 作/柴田元幸 訳『うろんな客』

うろんな客
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【あらすじ】

ある夜、ペンギンのような姿をした不思議な生き物が、とある一家の住む館に唐突に現れます。驚く一家をよそに、翌日から当然のように朝食のテーブルにつき、本を破ったりタオルを隠したりして、一家の暮らしをかき乱す謎の生き物。いっこうに出ていく気配のないその生き物をなぜか一家は追い出すこともなく、共に暮らし始めます……。

繊細かつ不気味さのある独特なトーンのイラストで、世界中に熱狂的なファンを持つ絵本作家エドワード・ゴーリー。『うろんな客』は、そんな彼の作品のなかでも、特に人気の高い1冊です。

なによりユニークなのが、文章がすべて5・7・5・7・7の短歌調で書かれていること。

“ふと見れば 壺の上にぞ何か立つ 珍奇な姿に 一家仰天”

で始まり、

“出し抜けに 飛び降り廊下に 走りいで 壁に鼻つけ 直立不動”

とストーリーがテンポよく展開していきます。

館じゅうをかき乱す謎の生き物。物語は最後に突如、短歌調を離れた散文口調になり、こんな風に終わります。

“――というような奴がやって来たのが十七年前のことで、今日に至ってもいっこうにいなくなる気配はないのです。”

この生き物はなんと、17年間ものあいだ、館に居続けたのです。
なぜ館の住人たちはこの“うろんな(疑わしくも妖しい)客”を追い出さないのか、そしてこの生き物は何者なのか。答えらしきものは、日本語版の訳者である柴田元幸のあとがきに書かれています。まずは想像を膨らませて、このシュールな物語を楽しんでみてください。

五味太郎 作『ヒト ニ ツイテ』

ヒトニツイテ
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【あらすじ】

主人公である「ヒト」が宇宙人のような生物を捕らえ、それを飼い慣らしてゆく様子が「ヒト ハ マツ」「ヒト ハ トラエル」「ヒト ハ セワスル」とシンプルな言葉で書かれてゆきます。しかし、その生物を可愛がっていった末には、「ヒト ハ タベル」という衝撃の展開が。「ヒト ハ ワスレナイ」「ヒト ハ ユメ ヲ ミル」「ヒト ハ ワスレル」……。最後に「ヒト」が起こす行動は、予想外のものでした。

『ヒト ニ ツイテ』は、『きんぎょがにげた』や『ことわざえほん』シリーズで有名な絵本作家・五味太郎が1979年に発表し、その人気の高さから2015年に再刊されて話題を呼んだ1冊。牧歌的だけれどどこか不気味さも感じる版画のイラストと共に、「ヒト」の行動が描写されていきます。

宇宙人を捕らえ飼い慣らしてゆく過程で、それを観察したり、研究したり、食事を振る舞いさえする「ヒト」。宇宙人を食べてしまうという衝撃の展開ののちに訪れる結末には、人間の愚かさや強さ、たくましさが詰まっています。人間の“原罪”というものについて考えさせられる、名作です。

酒井駒子 作『金曜日の砂糖ちゃん』

金曜日
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【あらすじ】

あたたかい午後、庭で眠る女の子を巡って動物たちが集まってくる『金曜日の砂糖ちゃん』、小さな男の子が草むらのなかで壊れたオルガンに出合う『草のオルガン』、真夜中に目を覚ました幼い子どもが家を抜け出してしまう『夜と夜のあいだに』。ロマンチックで不条理なお話を集めた短編集です。

繊細で儚い中にも色気を感じさせるイラストで、若い女性を中心に絶大な支持を得ている絵本作家・酒井駒子。『金曜日の砂糖ちゃん』は、そんな彼女の魅力が存分に発揮された1冊です。

特に大人のあなたに読んでほしいのが、3篇目の『夜と夜のあいだに』。真夜中に起きた幼い子どもが突如ひとりで家を出てゆくというストーリーは、突き放されるように冷たい一方で、幻想的な絵も相まって、夢のなかの出来事のよう。
美しいけれどとびきり淋しい、酒井駒子の世界にたっぷりと浸れる絵本です。

ジョン・クラッセン 作/長谷川義史 訳『どこいったん』

どこいったん
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【あらすじ】

くまが、どこかでなくしてしまったお気に入りの赤い帽子を探して歩き回っています。「ぼくの ぼうし どこいったん?」と仲間の動物たちに聞いて回るくま。全員が「しらんなあ」と答えるなか、うさぎだけはやけに慌てた様子。うさぎが赤い帽子を被っていたことに気づいたくまは、帽子を取り返すため……。

近年じわじわと人気が高まりつつあるカナダ人イラストレーター、ジョン・クラッセン。その作品が愛されるきっかけのひとつとなったのが、長谷川義史による“関西弁”での翻訳です。ジョン・クラッセンの絵本は『どこいったん』(原題:『I Want My Hat Back』)に限らず、『ちがうねん』(原題:『This Is Not My Hat』)、『みつけてん』(原題:『We Found A Hat』)など、日本語訳されている作品のすべてが関西弁。

「どないしたん?」「ぼうし どっかいってん。だれも しらん いうねん」――などというとぼけた味わいのやりとりと、感情の読み取れないクールな目つきのキャラクターが生み出す相乗効果で、読者はクスクスと笑いながらこの物語を読み進めていけることでしょう。しかし、ラストの展開の恐ろしさは、今回ご紹介したどの絵本にも負けません。

おわりに

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『ヒト ニ ツイテ』でご紹介した絵本作家・五味太郎は、かつて、絵本についてこんな風に口にしたことがあります。

つくづく絵本は、ガキにはもったいないと思う。

「3歳向けの絵本」「5歳向けの絵本」などというものは存在せず、ただその年齢に応じて何を感じ取るかが絵本のすべてである、というのが、日本の絵本界を代表する作家である彼の一貫した意見でした。

小さな頃に読んで“怖い”と感じたあの絵本も、大人になってから知った1冊も。いま再び手を伸ばして、自分が何を感じるか、確かめてみませんか。

初出:P+D MAGAZINE(2017/02/25)

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