池上彰・総理の秘密<13>
北朝鮮の金正男氏暗殺か、というニュースが世界を駆け巡り、その経緯や真実を追究する動きが日々強まっています。各国には、海外情報を専門に収集・分析する人員を集め、豊富な資金と人員を擁した組織が存在しますが、日本には、こうした組織は存在するのでしょうか? 池上彰がわかりやすく解説します。知っているとニュースがより面白くなり、他の人に自慢したくなるコラム。
内閣情報調査室とは
前回、「内閣官房報償費」(通称「官房機密費」)を取り上げた際、費用の一部は内閣情報調査室に回されるという話をしました。この内閣情報調査室とは何でしょうか。
「内調」という略称でも呼ばれるこの組織、「日本のCIA」などと大袈裟に呼ばれることもあります。
海外情報を専門に収集・分析する組織としては、アメリカならNSAとCIA、イギリスならMI6、ロシアなら対外諜報庁(SVR)、韓国なら国家情報院、中国なら国家安全部や人民解放軍参謀部など、豊富な資金と人員を擁した組織がありますが、日本にはこうした組織がありません。
日本の場合、警察や公安調査庁は主に国内での情報収集やスパイの取り締まりが中心です。海外情報の収集・分析は、外務省の国際情報統括官組織、防衛省の情報本部が別々に情報を集めています。
そうした情報を総理大臣のもとに一括して届けるための組織が、内閣情報調査室なのです。2005年(平成17)4月時点での職員数は約170人。生え抜き職員より、警察庁や公安調査庁、防衛省、外務省などからの出向者が多いのが特徴です。人数から見て、とても「日本のCIA」とは呼べません。
2003年(平成15)から打ち上げが始まった情報収集衛星からの情報を分析する内閣衛星情報センターも、ここにあります。この衛星、昼は光学衛星、夜はレーダー衛星が、主に朝鮮半島を監視し、北朝鮮がミサイル発射の準備をしていないかなどを監視しています。
それにしても、情報収集要員を数千、数万単位で抱えている国がある一方で、日本の規模の小ささは驚くべきものです。強大な軍事力を持たない平和国家だからこそ、情報収集にはもっと力を注ぐべきだという意見もあるのですが。
内閣危機管理センターに赴いた橋本龍太郎元総理
1996年(平成8)12月22日、総理官邸地下にある内閣情報調査室の内閣危機管理センター(内閣情報集約センター)で、ペルーでの日本大使公邸占拠事件に関する情報を聞く橋本総理。写真/毎日新聞社
※CIA…アメリカ中央情報局
NSA…アメリカ国家安全保障局
MI6…イギリス情報局秘密情報部
池上彰 プロフイール
いけがみ・あきら
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。
初出:P+D MAGAZINE(2017/02/24)