藤原智美著『スマホ断食 ネット時代に異議があります』が唱える、ネット社会に潜む問題点。
芥川賞作家・藤原智美による、ネット漬けの日々に警鐘を鳴らす一冊。片時もスマホが手放せない現代人に、スマホから離れて本来の自分を取り戻すため「スマホ断食」を提唱します。
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ネットは便利と危険が背中合わせ! 片時もスマホを手放せない あなたに読んでほしい一冊
『スマホ断食 ネット時代に異議があります』
藤原智美・潮出版社・1296円
2016年7月刊行。少しでも時間が空くや、おもむろにスマホを取り出す現代人。インターネットはたしかに便利だが、そこには数々の問題が潜んでいる。芥川賞作家による啓蒙書。
藤原智美
1955年生まれ。’92年、『運転士』で第107回芥川賞を受賞。ノンフィクション作品に『「家をつくる」ということ』(プレジデント社)、『暴走老人!』(文春文庫)など。早くからネット社会に危機感を抱き、『検索バカ』(朝日新書)、『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』(文藝春秋)などのエッセイを発表。
「スマホ、ご覧にならないの? 新聞でも読みます?」
先日、初めての店に入って1人で飲んでいたら、女将さんからそう声をかけられた。1人客はほかにも2人いたが、言われてみればどちらもスマホをいじっている。1人でぼんやりと酒を飲んでいた私は、よほど奇異に映ったらしい。
都内で電車に乗ると、ほとんどの人がスマホを見ている。ちなみに、内閣府が行った平成27年度「青少年のインターネット利用環境実態調査」によると、高校生のスマホを使った平均ネット利用時間は1日「約2時間半(157・7分)」。「3時間以上」と答えた者も40・9パーセントいたという。
この状況は少し異常ではないだろうか? 本書は「ネットに潜む危険」を次々と挙げながら、ネット時代に警鐘を鳴らす一冊だ。
例えば、他人の文章や画像を盗作する事件が多発しているのは、コピー・アンド・ペーストが簡単に行えるようになったから。思慮の浅い無責任なコメントが多く見られるのも、ネットが持つ匿名性と無縁ではないだろう。数が多くて競争が激しいネット動画は、必然的に過激で刺激の強いものになっていく。わからない言葉は検索すればすぐに答えが出るため、辞書を引いて「言葉を理解し記憶する」力や「自分の頭で考える」力が衰退している‥‥。
とりわけ、著者がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に向ける目は厳しい。
まず、SNSは個人情報を公開することが基本。ポイントカードで企業に消費傾向を分析されるように、特定の友人にだけオープンにしたつもりの個人情報も、いつの間にか思わぬところに流れている。
SNSで「いいね」をもらうためには、平均的な価値観や感覚が欠かせない。多くの人に共感されにくい個性的な意見はスルーされる。そのため、どんどん思考が平凡で薄っぺらなものになり、独自の感性がすり減っていく。一見のびのびと「個」を発信しているように見えるSNSだが、実は「集団」に参加し、空気を読むことを強要されているのだ。
スマホから解放されて本来の自分を取り戻すには
それら数々の危険に加え、貴重な時間を大量に奪われていることも自覚するべきだろう。
電車の中だけに限らず、少しでも時間が空くとスマホを取り出す。毎日何回もSNSで知人の動向をチェックしないと落ち着かない。次々と押し寄せる情報で神経は常にピリピリ。本を読んだり、美しい景色を眺めたり、ぼんやり考え事をする時間など、とても取れない。
とはいえ今の時代、スマホを捨てて完全にネットから離れて暮らすのも難しい。そこで著者が提案するのが、短期間だけ食事をとらない断食のように、週末の3日間だけスマホに触れずに生活する「スマホ断食」だ。著者によると、本当の断食や禁煙よりずっとラクだし、その後ネットへのアクセスもコントロールできるようになったという。
芥川賞作家である著者は還暦を迎えた年代だが、決して時代遅れのデジタル音痴というわけではない。かつて原稿はネット上のストレージ(保管庫)に保存していたというし、ホームページも持っている。人並み以上にネットを利用してきた人の言葉なので説得力がある。
スマホは確かに便利だし、現代社会に欠かせないツールだが、なければ生きていけないはずもない。手軽に情報を得られる一方、弊害も想像以上に多い。スマホとの適切な距離感を学び、本来の自分を取り戻すためにも「スマホ断食」を試してみる価値はあるだろう。
(伊藤和弘/ フリーライター。著書に『男こそアンチエイジング』など。)
(女性セブン2016年10月20日号より)
初出:P+D MAGAZINE(2016/10/22)