アンガス・マクラレン著『性的不能の文化史〝男らしさ〟を求めた男たちの悲喜劇』に見る悲喜こもごもの歴史。鈴木洋史が解説!

「性的不能」とは“歴史的なタブー”だったといいます。男たちは、必死に“男らしさ”を競い続け、追い求めた--知られざる男性の受難と苦闘の歴史を語った本著。楽しく読める一冊となっています。ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説。

【書闘倶楽部 この本はココが面白い②】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)

現代のオトコは勃起の義務から解放されたか

『性的不能の文化史〝男らしさ〟を求めた男たちの悲喜劇』
性的不能の文化史書影
アンガス・マクラレン著
山本規雄訳
作品社
本体3700円+税

Angus McLaren(アンガス・マクラレン)
1942年カナダ生まれ。ビクトリア大学名誉教授。世界的に著名なセクシュアリティに関する歴史学者。ハーバード大学で博士号取得。本書で、性科学分野で最も優れた研究者に与えられる国際的な「ボニー&バーン・バロー賞」を受賞。

「性的不能」(インポテンツ)は古今東西の男にとって共通の関心事であり、悩みの種である。
本書は、セクシュアリティの歴史学の分野で世界的に著名なカナダ人学者が、有史以来、現代に至るまでの西洋の文献を調査し、〈インポテンツを歴史的な観点から考察〉した本(原著は2007年刊行で、邦訳は今年8月刊)。
著者によると、「性的不能」とは「男らしさ」の欠如した状態と捉えられ、それぞれの時代に求められた「男らしさ」の歴史を辿ることで男たちが味わってきた悲喜劇が見えてくるという。
たとえば、ギリシャ・ローマ時代においては、勃起し、挿入することが「男らしさ」の証明だった(ちなみに、挿入の対象が女性か少年かはあまり重要ではなかった)。それゆえ、エリートの男たちは生殖能力ではなく社会的評価を維持するために「性的不能」を治療しようとし、それができない男の姿が喜劇として描かれた。それに続く中世キリスト教社会では、子供を作るためだけに結婚が許された。そのため、「性的不能」は結婚を妨げるものであり、財産相続を不可能とし、場合によっては王族の権力を失墜させかねず、笑いの対象にはならなかった……。
著者は終章で、バイアグラ以降のED薬の登場が「男らしさ」にもたらした影響を考察した上で、次のような問いを発している果たしてED薬は勃起や挿入への心理的な負担から男性を解放したのだろうか、それとも義務的な執着を増大させたのだろうか? 興味深い問いである。
大著だが、エピソードや文学作品などからの引用が多く、興味深い絵画、写真なども豊富に掲載されており、素人にも楽しく読める。

(SAPIO 2016年11月号より)

初出:P+D MAGAZINE(2016/11/03)

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