井上理津子『親を送る』が描く普遍的な生と別れ

何度経験しても慣れることのない「別れ」。その苦しみ、痛みを克明に記したノンフィクション。作家の北原みのりが解説します。

【今を読み解くSEVEN’S LIBRARY】ブックコンシェルジュが選ぶこの一冊

●作家 北原みのり

『親を送る』

親を送る

井上理津子

集英社インターナショナル 1620円

 

『さいごの色街 飛田』で注目を集めたフリーライターの著者が、7年前に79才と84才の両親を相次いで亡くした半年間のことを描いた作品。今年4月に発刊された『葬送の仕事師たち』では、両親を見送り葬儀社や火葬場の人たちに触れた著者が、彼らの仕事に懸ける思いを取材している。

 

ページをめくる手が止まらない。

個人的なこと、だけどとても普遍的な生と

別れを描いたこの本を、もうすぐ訪れる

祖母の一周忌に、私は母に手渡したい

 

 

去年の暮れ、祖母が亡くなった。持病の心臓で入院し、一ヶ月ほどで逝ってしまった。89才だった。私には大きな存在だったので、喪失感に苦しめられた。とはいえ、そんなことを口に出すのも憚られるほど、私の母(祖母の娘)の悲しみは、そばにいて戸惑うほど深かった。母は別れの直後、食事を取れなくなり、多くの後悔を口にし、さみしいと言い、「母を感じる」と電話をかけてきた。

 

 

正直、不思議だった。母は69才だ。年老いた親を見送ることに覚悟はなかったのか。なぜ、そんなにも自分を責めるのか。とはいえ、私はその思いを、直接母には向けない。それは、もしかしたら、私自身がいつか体験する感情かもしれないから。 「親を送る」は、52才の著者が、全く思いもかけなかった形で両親を見送ることになった体験を、克明に記すノンフィクションだ。母との最期の電話、事故、それから‥‥。

 

 

親の死に関して役立つ情報が記されているわけではない。家族礼賛の感動が描かれているわけではない。ただ1人の娘として、個人的な物語を、丁寧に根気強く物語り続ける。ページをめくる手が止まらない。今までに読んだことのない類のノンフィクションだ。個人的なこと、だけどとても普遍的な生と別れの物語。親が先に逝くのは当たり前、だから「語る価値がない」ことではなく、語るべきことはこれほどあるのだ!

 

 

別れとは、何度経験しても慣れることなく、その都度に抉られるような痛みに苦しむ。人間に宿命づけられたその体験の共有は、多くの人を癒すだろう。もうすぐ祖母の、一周忌だ。母にこの本を手渡したいと思う。

(女性セブン 2015 年11月19日号より)

初出:P+D MAGAZINE(2015/12/20)

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