夏川草介『本を守ろうとする猫の話』は感動のファンタジー長編!著者にインタビュー!

ベストセラー『神様のカルテ』の著者初のファンタジー長編。夏木林太郎は、祖父を突然亡くす。祖父が営んでいた古書店『夏木書店』を閉めて叔母に引き取られることになった林太郎の前に、人間の言葉を話すトラネコが現れ……。夏川版『銀河鉄道の夜』ともいえる社会派ファンタジーの、創作背景を著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

大ベストセラー『神様のカルテ』著者初のファンタジー長編!

『本を守ろうとする猫の話』
本を守ろうとする猫の話_書影
小学館
1400円+税
装丁/bookwall

夏川草介

著者_夏川草介_01
●なつかわ・そうすけ 1978年大阪生まれ。信州大学医学部卒。09年『神様のカルテ』で第十回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同作は本屋大賞第2位に選ばれ、シリーズ累計300万部を突破。櫻井翔・宮﨑あおい主演で2度映画化もされる。現在も長野県内の病院に勤務。「病棟を持って当直医もやると月1日休むのもやっと。患者さんの病気に休みはなく、医者の体なんて誰も考えてくれない」。168㌢、58㌔、「執筆中は53㌔まで減りました」。A型。

倫理や道徳など抽象的にならざるを得ない事柄にこそ、実は大事なことが潜んでいる

本が好きで、猫が好き。そして人間も好きでいたい、、、、、、から、夏川草介氏はいつになく怒っているのだろう。
自身、松本で地域医療に勤しむ医師で、デビュー作『神様のカルテ』は研修医時代の経験が書かせたこと。映画で櫻井翔演じた主人公一止いちと同様、大の漱石好き。筆名も目+端+『枕』+芥川龍之に因むことも知る人ぞ知るが、彼は大の宮沢賢治好きでもあった。
新作『本を守ろうとする猫の話』は、とある古書店を舞台にした夏川版『銀河鉄道の夜』。本と人の関係を改めて問う、意外にも辛辣な社会派ファンタジーだ。
主人公〈夏木林太郎〉は「夏木書店」を営む祖父と暮らす、〈一介の高校生〉。しかし祖父が突然亡くなり、叔母の家に引き取られることになった彼は、閉店作業に追われる中、1匹のトラネコに話しかけられる。
人間の言葉を自在に操り、洞察力にも優れた毒舌猫と、孤独な少年の秘密のひと時。が、そんな2人の読書談義に聞き入ったのも束の間、こんな言葉が胸に突き刺さる。〈お前はただの物知りになりたいのか?〉―。

「今回はようやく医療ものを離れられたので、本当はもっと楽しげな話を書くつもりだったんですけどね。
僕ら医者は人の嫌な部分を日々見てしまうというか、死を前にしても立派でいられる人なんてほんの一握り。大多数の人は自分のことしか考えずに、医療を叩く。どうしたら人はもっと優しくなれるんだろうと、常々考えずにはいられなくて」
〈世界中の骨太な傑作〉が並ぶ夏木書店には、高校の先輩〈秋葉〉ら、真の本好きが集い、林太郎も祖父を見てきただけあって、なかなかに堂々とした2代目だ。
が、容姿も学力も抜群のバスケ部のスター・秋葉と林太郎では住む世界が違い、祖父の死以来、殻にこもる彼は、様子を見に来てくれる学級委員長〈柚木沙夜〉にすら、心を開けずにいた。
そんな時、現われたのが自称〈トラネコのトラ〉だ。この上から目線の毒舌猫は〈本を助け出すためにお前の力を借りたい〉と唐突に切り出し、書棚の奥に広がる異世界へと彼をいざなった。
まず第一の迷宮「閉じ込める者」での敵は、読んだ本のだけを競う自称・知識人。続く第二の迷宮「切りきざむ者」では、『走れメロス』=〈メロスは激怒した〉等々、〈あらすじ〉を読めば十分だと豪語する男が。第三の迷宮「売りさばく者」では、目先の利益だけを追求する出版社社長が登場。実はどの敵も自身に近いという。
「僕も大学時代は本を乱読していて、漱石とその弟子筋とか、18世紀のフランスやロシア文学を網羅するとか、自分なりの体系が構築できたのもこの時期でした。
そんな自分の中の本棚が後々支えにはなるんですが、当時は誰も読んでない本を読むのがカッコいいとか、本から得る知識に逃げてもいた。つまり第一の迷宮の男と大して変わらないし、あらすじ偏重主義の話も全部自分が通ってきた道。彼らの語る正論、、を林太郎がどう突破するかは、僕自身の問題でもあったんです」

他者への想像力を本は育んでくれる

先述の「物知り」発言は本そのものを深く、静かに愛した祖父の言葉だったが、よくよく話してみればどの敵も本が好きで、守りたいからこそ、それを閉じ込めたり切り刻んだりしていた。そんな彼らを説得し、本を解放してゆく林太郎自身、秋葉たちに徐々に心を開き、特にトラの姿が見える柚木とは淡い恋が芽生えもする。
しかしそんな彼を最大の危機が襲う。そこには深く傷ついた本そのものの絶望、、、、、、、、が女の姿をしてたたずみ、〈人は本で身を飾り、お手軽に知識を詰め込んでは、読み捨てていく〉〈思いだけでは何も変わらないのよ〉と毒づく。だが林太郎は言う。〈あなたが忘れそうになっているなら、僕が声を大にして言います。人を思う心、それが本の力なんだと〉
「今は優しさが弱さと同等に扱われるばかりか、誰もが自分のことで手一杯で、医療現場も年々殺伐としてきている。トランプ現象も、あんな排他的なことを言う人を支持するなんて、社会全体が想像力を失くしたとしか思えません。
そうした他者への想像力を育んでくれるのが本だったはずで、知識を得ることなんて、本の魅力のほんの一部。しかも1冊読むのに何か月もかかったり、その時は理解できなかった本が後々財産になることは多く、むしろそれを考え続ける行為こそが、読書の面白さの本体だと僕は思います」
だからこそ林太郎には、優しさや〈本を愛している〉といった抽象論で、正論を突破させたかったという。
「例えばなぜ人を殺してはいけないか、答えられないと言う人に、僕は愕然とするんです。そんな問いは20代のうちに考えるべきで、イイ歳をして幼稚すぎます。
世の中、理屈で割り切れないことは当然ある。でも抽象的な理想論であっても、答える責任が大人にはあると思うんですね。そんなの論理的じゃないと人は言うでしょうが、倫理や道徳や音楽芸術にしろ、抽象的にならざるを得ない事柄にこそ、実は大事なことが潜んでいると僕は思うんです」
折しも松本では城下町の街並みを生かした町づくりと、大型商業施設の建設が進行中。文化を取るか効率を取るか、住民の意見すら揺れていた。その姿は、本は何のためにあるかを我が事として考え、正論の壁を突破しようとする林太郎や著者とも重なる。たとえ正解は出ずとも考え続け、何かを言い切る覚悟もまた、本との付き合いから学んだものの一つなのだろう。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2017年2.17号より)

初出:P+D MAGAZINE(2017/04/11)

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