菅野俊輔著『江戸の長者番付』から見えてくる江戸のリアルな生活事情

将軍吉宗の年収は1000億円超。権力者がとてつもない所得を得ていた、江戸時代の生活実態とは?森永卓郎が解説します。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
森永卓郎【経済アナリスト】

江戸の長者番付
江戸の長者番付_書影
菅野俊輔 著
青春新書
890円+税

労働がストレートに評価されて収入に結びついていた時代

高額納税者番付の公表が取り止められて以降、現代の日本では、正確な長者番付を知ることはできない。その番付を江戸時代について調べたのが、本書だ。もちろん、江戸にも長者番付の統計は存在しないが、本書は、さまざまな資料を駆使して、殿様から大名、旗本、職人、農民に至るまで、あらゆる職業の具体的な年収を明らかにしている。もう、それだけで、本書には大きな価値があると思う。
ネタバレになってしまうので、具体的な金額を記すのは極力避けるが、本書に書かれている年収は、驚くべきものばかりだ。例えば、将軍吉宗の年収は1294億円にのぼる。超格差社会の現代でも、それだけの年収を誇る日本人はいない。ちなみに現代の総理大臣の年収は4000万円だから、3ケタ以上の違いがある。その他、豪商や高僧も超高額所得者だ。
私は、江戸時代は平等社会だとずっと思ってきた。明治維新で欧米流の資本主義が入ってきて、そこから格差社会が始まったと考えていたのだ。しかし、権力者が、とてつもない所得を得ているというのが、江戸の実態だったのだ。
ただ、そうした超高額所得者はごく一部に限定されている。旗本や御家人は、使用人の給料を払わないといけないので、実質的に大した暮らしはできない。一方で、職人の年収は、現代と同程度もある。一番驚いたのは、農民だ。現代よりはるかに多くの年収を稼いでいる。時代劇の「百姓一揆」のイメージを引きずってきた身としては、歴史観の崩壊だった。
本書を読んで強く感じたのは、確かに江戸時代は、一部に高額所得者が存在するものの、大部分の庶民は、質素だが、十分幸福な暮らしをしていたということだ。労働がストレートに評価されて収入に結びついており、いまのようにカネを右から左に動かすだけで、巨万の富を得る富裕層がいない分、健全な社会だったのだろう。ただ、それは私の感想で、江戸の社会をどう捉えるのかは、実際に本書を読んで、そこに示されたデータから、読者自身が判断して欲しい。

(週刊ポスト2017年5.5/12号より)

初出:P+D MAGAZINE(2017/08/26)

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