【著者インタビュー】川上和人『鳥肉以上、鳥学未満。HUMAN CHICKEN INTERFACE』/ウィットに富んだ話題の科学書!

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』などの著作で話題の、森林総合研究所主任研究員・川上和人氏が、モスチキンや世界の山ちゃんの手羽先を標本レベルにまでしゃぶりつくし、鳥類への思索を深め語り倒した一冊!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

食卓でおなじみのチキンは生物学の面白さを知る格好の教材だった! 話題の学者による軽妙な科学書

『鳥肉以上、鳥学未満。HUMAN CHICKEN INTERFACE』
鶏肉以上、鳥学未満。書影
1500円+税 岩波書店
装丁/岩波書店製作部 装画/竹内 舞

川上和人
15号 川上和人1
●かわかみ・かずと 1973年大阪府生まれ。東京大学農学部林学科卒。同大学院農学生命科学研究科中退。農学博士。現在は「国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所森林研究部門野生動物研究領域鳥獣生態研究室主任研究員戦略研究部門生物多様性研究拠点併任」と、〈寿限無〉級に長い肩書きを持ち、つくばを拠点に小笠原諸島での鳥類の進化と保全の関する調査研究に従事。著書は他に『美しい鳥 ヘンテコな鳥』『そもそも島に進化あり』『トリノトリビア』等。172㌢、A型。

進化の結果を身近な鶏肉に見出せるなんて、こんなに面白いことはない

『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』や『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』等、数々の話題作をもつ森林総合研究所主任研究員・川上和人氏が、今度は鶏を語り倒すという。
 題して『鳥肉以上、鳥学未満。』 。例えば食肉としていかにそれが優秀かを語るにも、各肉の値段や売場の占有率を徹底調査し、〈鳥肉の1円あたりのおいしさを「1トリ」として計算すると、豚肉と牛肉のおいしさは、それぞれ約0・77トリと0・7トリ〉と、一々数値化するのが川上流だ。
「別に冗談でも何でもなく、どんな現象も単位や数字に直して検証するのが、僕ら科学者の基本なんです」
 現に牛肉や豚肉と違って鶏肉は肉店で一羽丸ごと手に入り、味や食感を肌身に知っている点では、研究の取り組みやすさで昆虫や爬虫類の上を行く。そんな〈鳥類学の教科書〉を漫然と食べていては勿体ないとばかりに、川上氏は〈モスチキン〉や〈世界の山ちゃん〉の手羽先を標本レベルまでしゃぶりつくし、その骨格や鳥類の鳥類たる所以について思索を深めるのだった。

「僕は鳥について考えることが好き、、、、、、、、なだけで、鳥が特に好きというわけではないんです。僕が小笠原で今やっている仕事は、鳥類が生態系の中でどんな役割を担い、いなくなるとどんな影響が出るかという研究と、絶滅しないように管理する仕事の主に2つ。解剖学者は個体以下、、、、、僕ら生態学者は個体以上、、、、を扱うと言えばわかりやすいでしょうか。生物学の面白さは一般性、、、特殊性、、、に集約されること。どんな生物にも当てはまる普遍的なセオリーもあれば、なぜこの生物だけがこんな行動をするのかという特殊性を発見する場合もある。その2つが混在する世界の面白さを、僕は皆さんにも面白いと思ってほしいので、宗教も地域もさほど関係なく大勢が食べている鶏肉は、格好の題材だったんです」
 1章「ツバサをください」では胸肉や手羽等の翼に連なる筋肉、2章「アシは口ほどに物を言う」ではモモやスネ等の下半身と、本書では形状や色一つにも意味や機能がある驚異の世界を部位ごとに解説。各章題や小見出しも川上作品らしいウィットに富み、読者を飽きさせない。
 ちなみに鶏はキジ目キジ科に属するセキショクヤケイを家禽化したもの。遅くとも5千年前には人に飼われており、キジ科の中でも特に飛ばない〈異端児〉はしかし、いくら品種改良されようとも、鳥は鳥だった。
 まずは胸肉。総重量中、最も多い30%を占める胸筋は、〈翼を打ち下ろす〉際に使う筋肉で、なぜ空を飛ばないのに胸筋が発達したかと言えば、答えはその行動にあった。それこそキジは危険を察知すると翼を勢いよく羽ばたかせ、〈ドカンと飛び立つ〉。この〈一念発起短期決戦型〉の飛翔を可能にするのが充実した胸筋であり、肉用に品種改良される以前からキジ科の胸筋は多くの胸肉がとれる〈ポテンシャル〉を秘めていたのだ。
 また、胸筋と胸骨の間にあるささみ=烏口上筋は、打ち下ろした翼を再び持ち上げるための筋肉だ。特に体が重く、敵に狙われやすいキジ目のささみは体重比3〜8%と大きめだ。つまり〈大きなささみと大きな胸肉は、生命維持のための非常脱出装置〉としてセットで働き、いくら高蛋白、低脂肪でも、〈ささみはヒトのためならず〉なのである。
「胸肉とささみの働きを知ってもらえるだけでも僕は満足だし、なぜモモ肉が入り組んでいて切りにくく、皮がサブイボ状なのかにも、全部理由があるんです。
 そもそも重力に対抗して飛ぶ鳥類には、どうしても必要な機能は身体の中心に集める〈マスの集中化〉が見られ、進化とは最適化の歴史だということもできる。例えば鶏肉はピンクなのに、空を継続的に飛ぶ鴨の肉が赤いのは体内に酸素を補給するミオグロビンの量が関係していたり、そうした進化の結果を身近な鶏肉にも見出せるなんて、こんなに面白いことはないと思う」

科学者は、いわばロジック教の信者

 何より圧倒されるのは、鶏肉を通して見える、理屈抜きに理に適った現象の凄さ、、、、、だ。そうした現象に対して問いを発見し、合理的な答えを導きだす喜びは、古代から人類共通にあったはずだと、川上氏は言う。
「僕ら科学者はいうなればロジック教、、、、、の信者みたいなもの。もちろん科学でもまだ解明できない現象もあるし、理論は後付けの場合もあるけれど、モスチキンについているあの骨がどんな働きをしていたのかとか、知らないよりは知った方が、みんながハッピーになれると僕は信じています。
 それこそ鳥は1億五千万年も前から空を飛んでいて、長い時間をかけてブラッシュアップされたメカニズムの凄さが、鳥にはわからなくても僕らはわかる。小笠原諸島の環境保全の仕事も、管理しないと外来生物に侵略されて面白いものが見られなくなってしまうから、種を減らさない方法もやむなく研究しているだけです。面白いものをもっと見たい、そして考えたいという好奇心が、僕の原点なんです」
 環境問題も生物多様性も関係なく、目の前の鶏肉にひたすら興奮できる鳥類学者は、本書を「マンチキン」(オズの国の住人)と呼んでほしいという。
「副題にもあるように、人とチキンで、マンチキンです。食だけに留まらない長くて身近な関係を本書が再発見するきっかけになれば嬉しい。もちろん鶏肉を食べながらですけど!(笑い)」

●構成/橋本紀子
●撮影/横田紋子

(週刊ポスト 2019年4.26号より)

初出:P+D MAGAZINE(2019/10/12)

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