【著者インタビュー】岸 政彦『図書室』/一人暮らしをしている50歳女性の、子どものころの幸福な思い出

初めて書いた小説「ビニール傘」がいきなり芥川賞・三島賞の候補となり、さらに本作「図書室」でも再度三島賞の候補となった、注目の社会学者・岸 政彦氏にインタビュー!

【大切な本に出会う場所 SEVEN’S LIBRARY 話題の著者にインタビュー】

気鋭の社会学者が描いた温かな記憶をめぐる物語。一人暮らしの50歳女性が思い出す、図書室とそこで出会った少年との時間。〝私〟はあの頃も今も幸せだ

『図書室』
図書室 書影
新潮社 1728円

〈いま振り返っても、幸せな子ども時代だったと思う。でもよく考えれば、特に私の人生は波風もなく、中年を過ぎてそろそろ老いることを意識しだした今でも、平和で平穏だ〉。図書室で借りた本を何度も何度も読み返していた子供時代を、一人暮らしの女性が振り返る。図書室で出会った同い年の少年と過ごした時間。大阪弁のテンポのいいリズムで交わされるふたりの会話。自分の忘れ得ぬ記憶が今の自分を確と肯定すると感じられる、抱きしめたくなるような短編「図書室」と自伝エッセイ「給水塔」が収録されている。

岸 政彦
岸政彦
●KISHI MASAHIKO 1967年生まれ。社会学者。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『同化と他者化――戦後沖縄の本土就職者たち』『街の人生』『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)『ビニール傘』(芥川賞候補、三島賞候補)『はじめての沖縄』『マンゴーと手榴弾――生活史の理論』など。

大きな構造の中で寄る辺なく生きている人を書いていきたい

 大阪の公民館の小さな図書室に通っていたころの幸福な思い出。いまは50歳になった一人暮らしの女性が、子供のころを思い出している。
 図書室で知り合った、別の小学校に通う少年。ふたりは、人類が滅亡した世界で生きていくという想像に夢中になる。記憶の中で、40年前のふたりの会話の弾みがいきいきと再現され、過去と現在が逆転するようでもある。
「現在と過去とのバランスは、自然とこうなりましたけど、時間的な奥行きみたいなものを表現したかったんですね。タテヨコ、というのか、会話のところは物語の中の時間と読者の読むスピードがほぼ一致するし、彼女が自分の人生を振り返るところは40年を2分で語る、というような」
 自伝的エッセイ(「給水塔」)も収めた。社会学者として生活史調査を続けてきた岸さんが、小説の世界に足を踏みいれるきっかけとなった文章だという。
「5年ほど前に依頼を受けて一気に書いた文章なんですけど、それまで書いていた社会学の論文やエッセイとは文体が変わった気がしたんですね。自分が乖離かいりして、別の自分が語ってるみたいで、もう一押ししたら小説になるんじゃないかって初めて思った。街を歩いていて、『こんな一角があったんだ』って偶然、出くわして、その一角はものすごく奥まで続いていると知った。異なる二つの世界をつないだ文章なんです」
 大阪の街にひかれて暮らし始め、日雇いの肉体労働に従事していた若いころを振り返る「給水塔」は、たしかに私小説としても読める。
 初めて書いた「ビニール傘」でいきなり芥川賞・三島賞の候補になった。現在、4作目の小説を執筆中だ。
「基本的に、ぼくの中で社会学と小説は別物ですけど、つながっているとしたら、大きな構造の中で寄る辺なく生きている人を対象にしているところかな。
 まだまだ、広い海の波打ち際でちゃぷちゃぷ遊んでる感じで、どっぷり潜ってないですけど、いずれ、今の一人称から三人称で書くようになったらなにか変わるんだろうな、とも思っています。小説、ヤバいですね(笑い)」

素顔を知りたくて SEVEN’S Question-1

Q1 最近読んで面白かった本は?
いっぱいあるけど、川上未映子さんの『夏物語』かな。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
いろんな文学作品を読むのに精一杯で、一人の作家を追いかけられてません。

Q3 好きなテレビ・ラジオ番組は?
『荻上チキSession-22』。ラジオクラウドで聴いてます。

Q4 最近気になるニュースは?
基本的に、あんまりニュースを見ないようにしてるんです。大阪に住んでると、だんだん政治に絶望してくるんで。 作家の柴崎友香さんと呼び掛けて3日で2万人の署名が集まった大阪メトロの新デザインの件では、デザインの最高責任者に就かれた奥山清行さんと先日、面談してきました。秋にもう一度、会います。

Q5 夏休みはどう過ごしましたか?
今回、東京に来たぐらいですかね。『ストレンジャー・シングス』にハマって、ネットフリックス廃人になってました。

Q6 奥様と過ごす一番いい時間は?
散歩ですね。ただの住宅街を3~4時間歩く。一番長いと8時間歩いたこともあります。今はお互い忙しいんで、カレンダーに印をつけて、この日は散歩しようなと決めてます。時間がなくても、30分でもちょこっと歩こかって感じで、唯一の娯楽ですね。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/政川慎治

(女性セブン 2019年9.12号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/03/30)

文学的「今日は何の日?」【3/30~4/5】
翻訳者は語る 大谷瑠璃子さん