岡部 伸『イギリスの失敗 「合意なき離脱」のリスク』/EU離脱問題の背景と要因を分析する
2016年の国民投票以来、社会分裂が進む英国で、いったい何が起こっていたのか? 混乱を増したEU離脱問題の背景と要因を分析した一冊。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
山内昌之【武蔵野大学特任教授】
イギリスの失敗 「合意なき離脱」のリスク
岡部 伸著
PHP新書
920円+税
装幀/芦澤泰偉+児崎雅淑
大陸両端に位置する同士、明日の我が身であることを教示
英国のEU離脱の最終決着は、年末の総選挙に持ち込まれることになった。ボリス・ジョンソン首相の政治力であろう。本書は、2016年の国民投票以来、社会分裂が進み、英国政治に不必要な混乱を増したEU離脱問題の背景と要因を分析している。
筆者のインタビューや政治家の肉声を交えている部分は出色だ。なかでもEU離脱だけを政治目標に掲げたポピュリズム政党のファラージの言説は興味深い。批判はしても対案はないという日本の旧野党に似ているようだが、度胸が据わっている分すごいのだ。とにかく離脱すれば、所得格差も解消されEU官僚の忌々しい指図に従わなくてもよいという英国人の感情は、ファラージ人気を押し上げる原動力になった。
ファラージは英国の利益を優先する英国第一主義を掲げながら、その実現に汗をかかなかった。首相になって離脱実現に汗をかけばと問いを向けると、その気はない、自分は自由でいたいと無責任な評論家じみた発言を繰り返す。トランプ大統領の方が修羅場に出ていく覚悟がある分だけましだろう。
気がかりなのは、せっかく下火になったアイルランド紛争が再燃することだ。EU離脱のせいで国境検問が復活すると、北アイルランドで20年間沈静していたテロや闘争も復活しかねない。筆者は、かつてテロに従事していた人々の取材を通して、北アイルランドではプロテスタント系住民とカトリック系住民との融合が進んでいない事実を確認している。著者は、ユーラシア大陸の東西の両端に位置する日英が海洋国家として、安全のためにユーラシアの内陸国家を牽制する役目を帯びていると地政学を読み解く。それぞれ、中国とロシアという大国の脅威をかわしながら、米国を支える構図である。しかし、英連邦のネットワークや米国を含めたアングロサクソン系のファイブ・アイズが情報を共有するのに、責任ある情報機関のない日本には機密を提供しない冷厳な事実も存在する。英国の失敗は明日の我が身でもある。
(週刊ポスト 2019年11.29号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/05/07)