小保方晴子氏手記『あの日』が明らかにする「STAP」細胞事件

小保方晴子氏が明らかにした「あの日」。中川淳一郎氏が「あの日」を読み、何を感じたか。小保方氏が体験した事実は周到にしかけられた「罠」が原因だったのか、彼自身の言葉で語って頂きます。

【書闘倶楽部 この人が語るこの本】

擁護者を批判して猛抗議を受けているネットニュース編集者中川淳一郎が語る

「小保方本」は陰謀論が大好きな信者にとっての「聖書」である

ネットニュース編集者

中川淳一郎

NAKAGAWA Junichiro

【PROFILE】1973年東京都生まれ。一橋大学商学部卒業。博報堂勤務、雑誌編集者・ライターを経てネットニュース編集者。著書に『内定童貞』(星海社新書)、『縁の切り方 絆と孤独を考える』(小学館新書)など。

『あの日』

あの日

小保方晴子著

講談社

本体1400円+税

小保方晴子(おぼかた・はるこ)

1983年千葉県生まれ。早稲田大学、東京女子医科大学、ハーバード大学医学大学院、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターで研究に従事。2014年1月、STAP細胞の論文を発表、12月、理研を依願退職。

 

小保方晴子氏自身が騒動の「真相」と思いを綴った手記がベストセラーとなっている。世間を騒がせ、不勉強だったことは詫びているが、誰かを騙そうという「邪心」は一切なく、検証実験によっても自分が担当だった実験部分の再現性は確認されたと主張。一方、共同研究者若山照彦氏の担当だった実験部分が再現できなかった、にもかかわらず、若山氏や理研幹部からの一方的情報によって自分が不正を行ったとされたと非難し、むしろ不正は若山氏の側にあったかのように繰り返し示唆している。

 手記の出版によって騒動の第2ラウンドが始まったかのごとく、ネットを中心に議論が巻き起こっている。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏がそうした「小保方現象」について語る。

 (インタビュー・文 鈴木洋史)*

――本書をどう読みましたか。

中川 ひと言で言えば「宗教本」だなと。「小保方さんは正しい」派にとっては知りたかった宗教観が書かれているありがたい「聖書」ですが、「嘘をついているんじゃないか」派にとっては真偽を疑わざるを得ない。それを物語っているのがアマゾンのカスタマーレビューで、多くが星5つと星1つに極端に分かれているんです。元少年Aの手記『絶歌』なら、共感するか批判するかはともかく、内容が本当か嘘かは議論にならないでしょう。そこが大きな違いですね。

――中川さんは週刊ポストの連載コラム「ネットのバカ現実のバカ」で、ネット上で小保方氏を全面的に擁護する人たちを批判しました。

中川 以前からネット上には小保方さんを支持するブログやフェイスブックのグループがあって、小保方さんも手記の「はじめに」で具体的に名前を挙げて謝辞を述べています。そのうちのひとつ「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」というブログが去年12月、「ネイチャー」の姉妹誌で発表された論文を好意的に解釈して「小保方さんの発見は真実だった」と騒いだんです。そのことをコラムで「バカ」と批判したら、猛烈な抗議が来ました。抗議の記事についたコメント欄では「嫉妬狂いしたコラム」「鬼畜ライター」「怪しい工作員」などと罵倒されています。こうなると「宗教戦争」みたいなもんです。私は深く傷つきました。

――周到に仕掛けられた「罠」によって自分は悪者にされた、というのが小保方さんの主張ですね。

中川 北野武さんの「アウトレイジ」を連想しましたよ。あの映画のキャッチコピーは「全員悪人」。それに倣えば、この手記は「ほぼ全員悪人」でしょうか。笹井芳樹さん、丹羽仁史さんなど一部の人のことは悪く書いていないし、理研内部に味方がいたことも仄めかしている。でも、その人たち以外は若山さんを筆頭に、理研の幹部も、小保方さんの不正を認定した調査委員会も、批判したメディアも全て悪者、という描き方です。そうした人たちがよってたかって、純粋な気持ちで研究に邁進してきた小保方さんを陥れ、潰そうとしている、許せない、というのが信者の受け止め方なんですね。

――『捏造の科学者 STAP細胞事件』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した毎日新聞の須田桃子記者に対しては、「取材攻勢は殺意すら感じさせ」、「脅迫のようなメール」が取材名目で来た、と非難しています。

中川 そう書きながら、具体的なメールは一通も引用していないし、どのくらいの期間に何通のメールがきたのかも明らかにしていない。「メールの質問事項の中にリーク情報や不確定な情報をあえて盛り込み」「取材する相手を追い詰め、無理やりにでも何らかの返答をさせる」と批判していますが、第三者から得た情報を本人にぶつけて確認するのは取材の常道でしょう。ただ、マスコミにも反省すべきところはあるんですね。最初に小保方さんが登場したとき、美人すぎる市議などと同じように、その職業にしては美人だと過度に持ち上げるというメディアの悪い癖が出たことです。その安易なやり方は我々も反省しなくちゃいけない。また、小保方さんは「2014年の間に私の名前が載った記事は一体いくつあっただろうか。そしてその中に真実が書かれた記事は果たしていくつあっただろうか」と書いています。これに反論しないと、日本のマスコミは嘘だらけで、大宅賞もインチキ賞ということになってしまいます。

――「ほぼ全員悪人」論の一方、自画自賛の記述が目立ちます。

中川 笑ったのが、博士課程に在籍中、ハーバードに留学することになったきっかけのエピソード。「ボストンから来るお客さん」の接待のため研究室のみんなと天ぷら屋に行き、飲めないお酒を飲んで寝込んでしまった。教授から起こされたとき、反射的に「アメリカに行きたい」と言ったら、「本当に来たいならメールして」とハーバードの先生が名刺をくれた。そんなシンデレラストーリーを衒いなく書き、麻酔をかけた実験用のラットを手のひらで包み込んで「どうか生きていて下さい」と祈るという「心の綺麗なオボちゃん」アピールもしている。

――なぜこの本が「聖書」として受け入れられるのでしょうか。

中川 今の社会、特にネットの世界は、真偽を客観的に見極めることなく、善悪二元論で考えてしまう傾向が強く、陰謀論が大好きなんですね。「在日特権」のせいで日本人が不利益を被っているという宗教を信じているネトウヨがそうだし、彼らがヘイトスピーチを行っているからといってどんなに個人情報を晒してもいいと思っているカウンター勢力も同じ。どっちも宗教なんです。芸能人のブログやフェイスブックやインスタグラムも宗教化していて、なんてことのない自撮り写真に10万もの「いいね!」が押され、「今日も可愛いね!」とかって気持ちの悪いコメントがつく。「小保方現象」はそういう傾向の象徴なんです。

(SAPIO 2016年4月号より)

 

 

 

 

 

初出:P+D MAGAZINE(2016/03/28)

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