【著者インタビュー】遠田潤子『紅蓮の雪』/大衆演劇の劇団と双子の、悲しき因縁の物語

双子の姉の唐突な自殺の謎を追うため、姉が死の1週間前に観たらしい大衆演劇の半券を手掛かりに、弟の〈伊吹〉は〈鉢木座〉を訪ねるが……。双子の血脈に刻まれた因縁、出生の秘密とは? 注目の実力派作家が描く問題作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

血脈に刻まれた因縁 双子を襲う過酷な運命とは――注目を集める作家が挑む悲しき宿命を背負った一族の物語

『紅蓮の雪』

集英社
1800円+税
装丁/泉沢光雄 装画/松浦シオリ

遠田潤子

●とおだ・じゅんこ 1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒。2009年『月桃夜』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。16年『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ文庫ベスト10」第1位、17年『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶベスト10」第1位に選ばれ、同年『冬雷』で第1回未来屋小説大賞を受賞。日本推理作家協会賞(『冬雷』)や大藪賞(『ドライブインまほろば』)、直木賞(『銀花の蔵』)候補にも立て続いて名の挙がる注目の実力派。160㌢、A型。

現実は誰の思い通りにもならない以上、2割いいことがあれば何とか生きられる

 旅館の御曹司との婚約を突然破棄し、故郷の山城から〈飛んだ〉という、双子の姉〈朱里しゆり〉の唐突な死。姉が遺した大衆演劇雑誌と、死の1週間前に観たらしい〈鉢木座〉の半券だけが、彼女の弟〈伊吹〉にとって唯一の手掛かりだった。
 遠田潤子著『紅蓮の雪』。特に芝居好きでもない姉は、なぜわざわざ大阪まで行き、何を知ろうとしたのか―。
 伊吹は早速公演を観に行き、若座長で看板女形の〈鉢木慈丹〉から事情を聞くが、なぜか話の流れで一座に加わることに。美形で剣道や日本舞踊の心得もある彼を慈丹がスカウトしたのだが、姉の死後、母〈映子〉との仲を一層こじらせ、大学も辞めてしまった伊吹には、他に行く所もなかったのだ。
 しかし、彼が一座に溶け込むほど顔を曇らせる男がいた。慈丹の父〈秀太〉である。なぜ彼は伊吹を嫌い、なぜ朱里は死を選んだのか―。そこには彼ら姉弟を遠ざけ続けた父〈良次〉の死が暗い影を落としていた。

「なぜ大衆演劇かというと、テレビでたまたま見た梅沢富美男さんがきっかけなんです。この人、とんでもない美人に化けるんやって、昔見た『夢芝居』(82年)の衝撃が蘇り、庶民的な感じと女形の時の妖艶さを小説にしたら面白そうだと。
 それからです、劇場に通い始めたのは。大阪だと通天閣の周辺が多いんですが、チケットを買うのもとりあえず劇場に早く来て延々並ぶとか、芝居を観るシステム自体も新鮮でしたね。
 そんな鑑賞歴ゼロのニワカからしたら、例えば〈お花〉といって贔屓の役者さんに現金を付ける習慣なんかも、知っているのと現場で見るのは大違い。フツウは付けませんよね、人間の体に現金って(笑い)。それでいて下品な感じもなく、何でもありの異世界に来てしまったというのが伊吹同様、私の初印象でした」
 鉢木座は戦後まもなく旗揚げした家族劇団で、先代の次男・秀太が座長、その息子・慈丹が副座長を務め、慈丹の妻で裏方全般を仕切る〈芙美さん〉や座付作家の〈細川さん〉以外は、慈丹の5歳の娘〈寧々〉も含めた全員が舞台に立つ。
 昼の部と夜の部をほぼ毎日、歌謡ショーや舞踊も含めた盛り沢山な構成でこなし、公演が終われば涼しい顔で次へと渡り歩く一座に伊吹は凄みすら感じる。
 一方、母に日舞を習わされ、剣の扱いにも慣れていた彼には一つ、いかんともしがたい弱点があった。他人との接触だ。幼い頃、伊吹は父に言われたのだ。〈触るな、汚い〉と。
 その言葉がトラウマになり、ある時、女子高校生のファンを突き飛ばしてしまった彼は、芙美と謝りに行くことに。初めて赤の他人相手に言葉を尽くし、理解してもらうこともできたが、そうやって頑なな主人公が少しずつ自分を解き放ち、根っからの善人である慈丹たちと芸道に精進する成長譚かと思いきや、そう甘くないのが遠田作品だ。
 詳しくは書けないが、姉弟を悩ませ続けた両親の態度も、父や朱里の死も、全ては彼らの出生の秘密、、、、、に端を発していたのである。

全てをねじ伏せる強靭さを宿せたら

 元々大衆演劇の演目には歌舞伎や文楽でおなじみの古典も多く、例えば泉鏡花原作『滝の白糸』の粗筋を慈丹から聞かされた伊吹は、〈とんでもなく濃い話だ〉とポツリ。それをそのまま遠田作品評にしたいほどだが、他にも『牡丹灯篭』や『三人吉三廓初買』など、時代を超えて愛され、練り上げられた物語の強靭さ、、、、、、が、この生々しく普遍的な人間ドラマに確かな色を添える。
「出生云々の話はテレビドラマの『赤いシリーズ』(74~80年)の影響もあったり、慈丹の熱血な感じは『スクール・ウォーズ』(84年)ですかね(笑い)。私自身は本の影響が強いんですが、長い時間をかけて生き残った物語やお話に、元々憧れがあるんです」
 結婚後は専業主婦として育児や介護に追われ、母を看取り、娘達も成長すると何もする気力がなくなった。
「燃え尽き症候群でした」
 リハビリとしてパソコンを買い、「どうせなら作家になろう」と決意。特にドフトエフスキーや鷗外作品の理不尽な何かとの鬩ぎ合いに背中を押されたという。
「例えば自分とは全然関係ない話なのになぜか万人に届き、訴える強さ、、が、神話や御伽噺にはありますよね。私はいつも、そういう全てをねじ伏せる強靭さを物語に宿せたらと思っていて。
 ほんわりやしんみりも含めて、身近でささやかな日常を描くのが上手な方もいますが、私は苦手なんです。だから、なるべく舞台設定のある大げさな物語、、、、、、にしようと。そこで繰り広げられる理不尽な何かとの闘いや、それでも何とか折り合いをつけて生きようとする人を、私は書いていきたいので」
 遠田氏は彼ら姉弟を、自らの意志が介在しえない〈因果の奴隷〉として着想したといい、1人は飛び、1人は女形になった。が、伊吹が奴隷のままでいるか、慈丹たちと新たな絆に踏み出すか、選択権は彼自身にあること。また父の言葉に囚われた伊吹自身が誰かを傷つけ、加害者に反転しうることも、同時に描くのだ。
「私も性格的に被害者意識を募らせやすく、その点は肝に銘じているもので(笑い)。そして現実は誰の思い通りにもならない以上、8割不満でも2割いいことがあれば何とか生きられるくらいの解決を、作品的にも目指したいんだと思います」
 芝居や作中に舞う永遠に溶けない〈紙雪〉のように、板の上にこそ成立する真実もある。人生の理不尽さを人々が繰り返し学び、心を寄せてきた物語の系譜に、また新たな1作が加わった。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年3.19/26号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/03/18)

◎編集者コラム◎ 『警視庁特殊潜工班 ファントム』天見宏生
『9月9日9時9分』刊行記念対談 一木けい × 三浦しをん