【著者インタビュー】深緑野分『スタッフロール』/映画愛が迸る! 甘くてほろ苦い、夢と技術を巡る物語
戦後のハリウッドで夢を追う特殊造形師と、現代のロンドンで活躍するアニメーター。2人の女性クリエーターを描く、時を超えた人間賛歌のストーリー!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
映画に魅せられ、人生を賭した2人の女性クリエーターその魂が時を越えて共鳴する―著者の映画愛が迸る傑作長編!
スタッフロール
文藝春秋
1870円
装丁/番 洋樹 装画/MQ(DELICIOUS COMPANY)
深緑野分
●ふかみどり・のわき 1983年神奈川県厚木市生まれ。高校卒業後、パート書店員等を経て、2010年「オーブランの少女」で第7回ミステリーズ!新人賞に佳作入選、13年に同名短編集でデビュー。15年発表の『戦場のコックたち』や18年の『ベルリンは晴れているか』はそれぞれ直木賞や大藪賞候補、各種ミステリーランキング上位となるなど大きな話題に。著書は他に『カミサマはそういない』『この本を盗む者は』等。17年に第66回神奈川文化賞未来賞。155㌢、O型。
アナログかデジタルかではなく科学技術が映画という表現を支えているところが好き
読む者をいきなり第二次大戦時の欧州戦線へと
「私の場合は監督や俳優さん以上に特殊メイクや視覚効果に惹かれがちで、今回はそういう裏方さんたちの話を、欧米の映画界を舞台に書いてみました」
待望の最新作、その名も『スタッフロール』にも、日本人はほとんど登場せず、まだ特殊効果=子供向けとされた戦後のハリウッドで夢を追い続けた特殊造形師〈マチルダ・セジウィック〉の半生と、ロンドンを拠点に活躍するアニメーター〈ヴィヴィアン・メリル〉、通称ヴィヴの現在進行形の日常を、全2部構成で描く。
それはそのまま映画界の技術革新の歴史とも重なり、まだ女性映画人が圧倒的に少なかった時代から自らの名を作品に刻む日を夢に見、研鑽を積んだ、多くの魂が響き合う、甘くてほろ苦い、夢と技術を巡る物語である。
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「うちは親が映画オタクで、週末は家にある大量のビデオ類を延々観て育ちました。その時は好きというより、怖い感じのほうが強かったですね。戦争とか殺人とか、映画って激しいことばかり起きるなあって。
それが、幼稚園の時かな、セサミストリートの人形師、ジム・ヘンソンの『ストーリーテラー』を観て以来、話も面白いけど映像が面白いんだと気がついたんです。それからも小学1年生の時に観た『スター・ウォーズ』(後のエピソード4)、5年生で観た『ジュラシック・パーク』など、
1946年、軍が復員兵用に用意した兵舎で生まれ、ニュージャージー州郊外に育ったマチルダの場合は、2歳の時にりんご病に罹り、ベッドの中から
彼女は後年、それが手で犬の顔を模した影絵であり、父の戦友で今は映画の脚本を書いている〈ロニー〉のいたずらだったことを知るが、〈とにかく形にしなければ。あの真っ黒い体の怪物を〉という衝動と、〈ハリウッドは夢の製造工場だよ。あそこでは、どんなことでも現実になる〉というロニーの言葉が、特殊造形師の夢を後押しすることになる。
しかし、〈ハリウッドの黄金時代は終わったんだ〉と義肢製作者の父親は娘の夢を否定し、『ふしぎな国のアリス』を観て感激する彼女に〈パラパラ漫画〉を教えてくれた最大の理解者ロニーまでがマチルダの前から消えた。それでも両親に内緒で大学を中退した彼女は金を貯め、家出同然にNYへ。偏屈だが腕は超一流な特殊造形師〈アンブロシオス・ヴェンゴス〉に弟子入りし、映画背景も手掛ける画家の〈チャールズ・リーヴ〉や、メキシコ人の祖母を持つ大親友〈エヴァンジェリン〉等々、一生の縁となる人々と出会うのである。
理解できずとも共存はできる
「そもそも映画ってカメラの仕組み自体が科学ですし、白黒で音声も出ない黎明期から、何らかの視覚効果は存在していたわけです。つまり魔法にみせて、その内側は紛れもない科学技術であり、それが映画という表現を根底から支えているところも、本当に奥が深い。
私も昔から絵が大好きで、よく映画のコンテや漫画を描いたり、表現衝動も強かったけれど、希望と才能が合致しなかった。唯一合ったのが文章なんですが、マチルダみたいに思いを具体的な形にできる人には、今でも憧れがあります」
そんなマチルダの年齢設定を、「特殊造形が最盛期に入る80年代に働き盛りを迎えた女性」として逆算、その後、CGが登場し、「多くの技術が取って代わられる」までが第一部。第二部では、そのCGの分野で国際的に評価されるヴィヴが、失いかけた自信を取り戻すまでが描かれる。
ヴィヴは自身も大好きな伝説の映画〈 『レジェンド・オブ・ストレンジャー』 〉の主要キャラクター〈X〉の考案者の名がクレジットにないこと、その人が今も消息不明で、その原因が実はCGにあるらしいことを知り、大きなショックを受ける。それでなくとも現場の事情も知らない自称映画通から〈CGには温かみがない〉〈ボタンをぽんと押せばおしまい〉などと叩かれ、彼女は心を痛めていたのだ。
「私自身はCGに抵抗も何もなく、『面白い
もちろん好きだからこそ保守的になるんでしょうけど、私はアナログかデジタルかではなく、優れた技術ほど魔法と見分けがつかなかったり、その魔法を科学こそが成立させていたり、映画のそういうところが好きだなあって思うんです」
人と人もそう。どうしても誰かと折り合えない時や尊敬する人に失望した時も、その事実を受け入れることで、人は大人になるのだと。
「私の場合は親でしたけど、理解はできなくても共存はできることに希望を見ているところがあって。仲良くなれなくても受容はしてるよ、で十分だと思うんです」
映画という魔法の詳しい工程はもちろん、広く人間存在に対する失望が信頼に変わる瞬間をぜひ堪能してほしい、時を越えた人間讃歌の物語だ。
●構成/橋本紀子
●撮影/朝岡吾郎
(週刊ポスト 2022年5.6/13号より)
初出:P+D MAGAZINE(2022/05/07)