【著者インタビュー】結城真一郎『#真相をお話しします』/日本推理作家協会賞受賞作を収録! 新感覚ミステリ短編集
YouTubeやリモート飲み会、精子提供やパパ活といった、現代ならではの題材をもとに、それらがもたらす新たな歪みを描く傑作短編集。二転三転する真相にスッキリとモヤモヤが同居する、新感覚ミステリの著者にインタビュー!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
日本推理作家協会賞を平成生まれで初めて受賞 注目の新鋭が放つ傑作短編集 あなたの予想は必ず裏切られる―
#真相をお話しします
新潮社
1705円
装丁/新潮社装幀室 装画/太田侑子
結城真一郎
●ゆうき・しんいちろう 1991年神奈川県鎌倉市生まれ。開成中高時代はサッカー部に所属し、東京大学法学部卒業後、会社員に。2018年『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し、翌年デビュー。20年に「惨者面談」が『本格王2020』に収録され、翌21年には「♯拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。平成生まれ初の受賞者に。また長編第3作『救国ゲーム』も第22回本格ミステリ大賞候補となるなど、目下注目の新鋭。182㌢、80㌔、A型。
先人が踏み込めなかった領域に踏み込める立場を使いミステリの可能性を開拓したい
科学技術や社会の進展は、新たな動機をも生む―。
だとすればミステリは書き尽くされるどころか、今後も無限の地平を秘めるはずだと、平成生まれ初の日本推理作家協会賞受賞者、結城真一郎氏(31)は言う。
本書『
しかもその肝心の真相も安直な推理にはやる読者を嘲笑うかのように二転三転し、〈切れ味最凶〉との帯の文句は、全く伊達ではない。
*
「今回は伏線の1つや2つ見抜かれてもビクともしない、全貌はたぶん見抜けませんからって、余裕綽々で待ち構える構成に、あえて挑んだ部分があって。確かにここは伏線ですけど、それが何か? って、手の内を曝してなお仰天できるエンタメをめざしました」
開成高校出身で東大法学部卒。新作を出す傍から評価を集める〈ミステリ界の超新星〉は、幼い頃からお話を読むことより、
「物心ついた頃から、読み聞かされた本に触発されて漫画やお話を書いたり、作る方は結構熱心でした。読む方は特に本の虫ということもなく、平均より多少読んでいた程度だと思います。
唯一なりたいのが作家で、いずれ作家になると公言しつつ、そんな人間も珍しいだろうと高を括っていたら、いたんですよ。完全に同学部同学年の辻堂ゆめさんがこのミス大賞優秀賞を取り、デビューされた。それからですね。自分がバイトと飲み会しかしていない間に作品を完成させた同級生がいるのに、自分は何だと。本気で書けよって、ようやく火が付いた。それくらい本当にろくでもない大学生活だったもので(苦笑)」
とは言いながら、例えば冒頭「惨者面談」は自身の経験が絶妙に生きた1篇だ。
社長の〈宮園さん〉率いる創業8年、正社員僅か1名の家庭教師派遣会社で営業を担当する僕こと〈片桐〉は、現役東大生。同社ではそもそも4人のアルバイト営業マン全員が名門中学出身の現役学生で、中でも麻布から東大という片桐の経歴は受験生垂涎の切り札。彼としても入会を検討中の家庭に乗り込み、〈いわゆる“教育ママ・パパ”たちを相手にしのぎを削る毎日はスリリングだった〉。
「僕も彼とほぼ同じ仕事をしていたので、この台詞はほぼエッセイです(笑)」
だがある日、都内の私立小学校に通う〈矢野悠くん〉12歳を自宅に訪ねた片桐は、約束の時刻に呼鈴を押しても一向に出てこない母親や、やっと出てきたものの噛み合わない会話、なぜかずぶ濡れの少年の髪や玄関前に散乱した生ゴミ等、何かが少しずつおかしいその家に、〈違和感〉を拭えなかった。
やがて言葉にならないその違和感が1つまた1つと像を結び、それこそ真相が結末で一気に明かされる、どこか懐かしいような王道や定型を、結城氏はあえて踏襲する超新星でもあった。
「ミステリの作法とか常道には敬意を表しつつ、そこに描かれる人間模様や題材で新しさを見せたいなあと。アガサ・クリスティーもエラリー・クイーンも、例えばマッチングアプリの怖さなんて絶対に書き得なかったはずなんで(笑)。
そうやって先人が踏み込めなかった領域に今だから踏み込める立場を特権的に使い、そこからまた新しいミステリの可能性を開拓していけたらという思いが、モチベーションとしてあるんです。ただし題材については、新しいといっても僕の周りに普通にあるもの、まあ精子提供は若干距離があるので調べましたが、Yahoo!ニュースやTwitterで普通に目にするレベルの情報で、読者の日常とも地続きな題材しか選ばないようにしました」
正解のない世界を僕らは生きている
元々は「迷惑系YouTuberのような一昔前はありえなかった存在」が人や社会に及ぼす波紋を描こうとして、構想を練り始めたという。
「わざわざ犯罪紛いのことまでして自分を晒し者にしたり、それを観る側も楽しみにしたり、新しい技術やプラットフォームが出来たことで、従来にない現象や心理が生まれつつある。
そういうここ数年で急に根付いた物事、特にそのつい見逃しちゃったりする負の一面を劇的に切り取ることを、やってみたかったんですね。僕もYouTubeは大好きで、その時間を執筆に回せよと思うくらい観るんですけど、私生活を切り売りする彼らが暴走してもおかしくはないし、『マッチングアプリって怖いね』と言うのは簡単でも、実際は何がどう怖くて、どんな危険が潜むのかというあたりを、今作ではバチっと切り取って、食らわせにいきました。
別に警鐘を鳴らしたいとかではないんです。人間は良くも悪くも慣れる動物で、それが普通の日常になった途端、何も考えなくなる。それって凄く怖いことだし、当たり前を当たり前として妄信するのがいかに危険か。むしろこれって便利だけど怖い面もあるとか、両面を考えることで視界が広がるきっかけに本書がなれたりしたらもう、御の字です」
だから結城氏は、最終話「♯拡散希望」で長崎の西、〈
「僕自身はマッチングアプリもリモートも使い方次第だと思うし、特に嫌悪感はない。ただ、現実にはあまり味わえない感情を喚起されるのもフィクションの魅力ですからね。イイ話も悪い話も両方書ける中、今回はバッド寄りの結末がたまたま合っていたから、後味サイアク系な話の詰め合わせになっただけで(笑)。
そうしたイヤ〜な感じと、最終的には真相が開示され、答え合わせもしてくれる、エンタメならではの爽快感を組み合わせたんです。実際は誰も伏線なんか回収してくれない、正解なんかない世界を、僕らは生きていかなきゃならないので」
スッキリとモヤモヤが同居する読後感はまさに〈新感覚〉。存分にしてやられ、どんでん返されてこそ、考える力も湧くというものだ。
●構成/橋本紀子
●撮影/内海裕之
初出:P+D MAGAZINE(2022/07/30)