週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.53 吉見書店竜南店 柳下博幸さん
『終活中毒』
秋吉理香子
実業之日本社
「終活」それは、人生の終わりを迎えるための活動である。自らが死を意識して、その最期をどう迎えるか。様々な準備やそこに向けたそれぞれの人生の総括を意味する。
死を意識するのが数十年先の人もいれば、残り数日の人もいる。人間の数だけ違うそれぞれの人生を顧みる大事な期間。今はまだそのときが訪れていないあなたも、本作を読んでその瞬間をイメージしておこう。
中年女性、高齢男性、小説家、お笑い芸人。4人の人生が描かれる短篇集だ。各人が逃れられない「死」と向き合い、それぞれが必死で取り組んだ終活とその顛末。
「SDGsな終活」
余命1年半を宣告された妻がのめりこむ「SDGs」と生への希望。その妻を献身的に支える夫の黒い思惑とは。
読み進めるうちに、いつしか夫に感情移入していて何度も首を振る。自分の中の怖さ、エゴみに気付くたび強く横に首を振る。読後、ヒヤリと首筋に冷たい刃が当てられたように感じた。
「最後の終活」
交通事故で妻に先立たれ無為に日々を過ごしていたが、久しぶりに帰省した息子に背中を押されようやく新しい一歩を歩み始めた父親を待ち受ける落とし穴とは。
誰しもに訪れる老いという現実。抗うほどに沈み込む泥沼に大切な記憶や思い出が搦めとられてゆく。もの悲しくて、深く沈み込むラストに射した一筋の光に救われた。
「小説家の終活」
ベストセラー作家の遺品に隠されていたものは天からの贈り物なのか、悪魔の囁きなのか。
天網恢恢疎にして漏らさず。そうは言っても人の弱さと虚栄心は時代が変わっても存在し続ける。自分がいざ運命のクロスロードに立った時に悪魔とサインすることが無いとは言い切れないのが情けない。
「お笑いの死神」
がん宣告を受けた売れないお笑い芸人の終活は、ピン芸人の最高峰を選ぶ大会への挑戦だった。
下積み時代の苦労を共にした妻と生まれたばかりの娘を残して逝かなければならない。生きた証として、名を残し、優勝賞金を遺したい強い想いに自らの人生を重ねて涙腺が緩む。
ゾッとしたり、ほろりとしたりそれぞれに味わいの違う4人の終活を見届けた今。いざ自分がその時を迎えたときに「読んでいて良かった」、きっとそう思える1冊となるだろう。
あわせて読みたい本
『終活の準備はお済みですか?』
桂 望実
KADOKAWA
葬儀会社が営む終活サロンを訪れる理由は人それぞれ。仕事一筋に生きてきたキャリアウーマン。憧れの存在だった兄が認知症になった高齢者三兄弟の三男。仕事と育児に母親の介護が重なり絶望するシングルマザー。突然のがん宣告で人生が一変した若き天才シェフ。終わりに直面した人々が向き合う、それぞれが行った「人生の見直し」としての終活。高齢者三兄弟の話が特にズンッと沁みる。
おすすめの小学館文庫
『海が見える家 それから』
はらだみずき
小学館文庫
ブラック企業を辞めた直後に疎遠だった父の訃報を受け、逃げるように遺品整理に向かった主人公が父の暮らした街を知り、人を知るうちに生きること、働くことを考えさせられる「海が見える家」の続編。ぎこちなくあがきながらも、少しずつゆっくりと前に進む主人公に抱く複雑な感情は若さへの嫉妬だけでは無いだろう。人生を楽しむためにもう一度シリーズを通読したい。