◎編集者コラム◎『海が見える家』はらだみずき
「幸せの尺度」を問う、著者新境地の感動作。
私事ですが、三十代にサーフィンにどっぷり浸かっていた時期があり、冬だろうが週に一度は必ず海に通っていました。都会とは違う時間が流れ、アスファルトでない、緑と青の景色は通うたびに新鮮で、サーフィンがある日常は、振り返ればとても豊かでした。
その頃に『帰宅部ボーイズ』を刊行したばかりの作家・はらだみずきさんとお会いしました。スケートボードを楽しむ少年達を描いた作品で、ならばサーフィンにも興味があるだろうと水を向けてみたところ、死ぬまでには体験したいとのこと。早速海に行きました。初回で波に乗れたのは、はらださんの運動神経のなせる業でしたね。
それから、何度か一緒に海に通ううちに、サーフィンをモチーフにした小説をやってみようという話になりました。とはいえ、映画でお馴染みの伝説のビッグウェーブや親友との死別なんて手垢がついたものではなくて、日常に根ざしたサーフィンを描いてほしいと依頼しました。
「STORY BOX」の連載「ワイプアウト!」を経て、単行本『波に乗る』となった物語は、文庫化に際し三度タイトルを変え『海が見える家』として刊行しました。おかげさまでパッケージの評判もよく、発売して、すぐに重版がかかりました。
サーフィンから遠ざかるようにタイトルが変わっていっているのは、気のせいではありません。本作はサーフィンを扱ってはいますが、サーフィン小説にジャンルされる小説ではないです。(現に、パッケージには一ミリたりとも謳っておりません!) 不器用な父と息子の物語なのです。みんなと一緒でいることで不安を隠し、見えなくなっていた自らの価値観。それと向き合う時間こそが、いま必要なんじゃないだろうか。そう問うてくるのです。「あなたにとって幸せとは何か?」と。
海に出て、波を待ち、そして波に乗るという行為は、自分の内面と向き合うことでもあります。そのとき、亡き父が何を感じていたのか? 主人公とともに体験してみてください。確かな感動がここにあります。
──船長より