◎編集者コラム◎ 『旅ドロップ』江國香織

 ◎編集者コラム◎

『旅ドロップ』江國香織


編集者コラム「旅ドロップ」編集中

 この小さな本には、37篇のエッセーと三篇の詩が収められています。テーマは〈旅〉。
 そのうち3ページほどの短い(でも軽やかなのに濃密な)36篇のエッセーは、JR九州の車内誌「プリーズ」に三年間連載されたもの。こんなお洒落な雑誌があるなんて知らなかったのでした。
〈旅〉といっても単なる旅行記と思ったら大間違い。なにしろ手練(てだ)れの作家のエッセーですから、予想もしない、まるで物語のようなお話が展開します。

 一篇だけご紹介しましょう。「F氏からの手紙」という一文です。これは、二十代はじめの頃のアメリカ留学の話。一年間の異国での生活でお世話になったのが「父の友人だった」F氏だったのですが、帰国から二十年後にその彼から短い手紙が届くという見事なエッセーです。
 


   F氏からの手紙
 

 F氏は父の友人だった。仕事の都合でながくアメリカに住んでいて、だから私がアメリカに留学するとき、心配性だった父は娘をよろしく的なことを、F氏に頼んだのだった。そんなことを頼まれて、F氏は迷惑だったと思う。見ず知らずの娘に、どうよろしくすればいいというのか。

 でも、ともかくF氏は空港に迎えにきてくれた。その夜、弁慶という名の店で和食をごちそうになったことと、チップの計算のし方を教わったこと、それに、数日後に私がそこから留学先に向うはずの空港の名前を、ラガーディアではなくラグアディアと発音した方がタクシーの運転手に通じやすい、と教わったことを憶えている。のちにわかるのだが、F氏はとてもシャイというか物静かで控えめな性質の人で、私も社交的とはとても言えない娘だったので、この日の会話は随分ぎくしゃくしていたと思う。

 その後、ニューヨークという街の魅力にすっかりとりつかれてしまった私は、留学先の田舎町からたびたびそこに遊びに行くようになった。F氏に連絡することもあったがしないこともあり、でも、すればF氏は時間をやりくりして、私の近況報告を聞いてくれた。

 一年間の留学を終えて帰国したあとも、私はしょっちゅうニューヨークに行った。行けばF氏に連絡したし、F氏の方でも、一時帰国のときには知らせてくれて、東京で会ったりもした。「なんで俺に連絡がないのにお前に連絡があるんだ?」と父が呟いたとき、私は、F氏が私を友人の娘ではなく友人として認めてくれたみたいで嬉しかった。

 でも、それからながい時間が流れ、私は仕事に夢中になったり結婚したりし、F氏も退職されたり引越しされたりし、いつのまにか会うことも連絡をとりあうこともなくなっていた。

 たぶん二十年ぶりくらいに、突然F氏からの手紙が届いたとき、だから私は驚きと嬉しさとなつかしさで胸が一杯になったのだが、同時に、どうしていいかわからないほど淋しくもなった。それは短い手紙で、「ワシントンのフィリップコレクション(Qと21の角)で大がかりなボナアル展をやっています。19日までです。見においで下さい」というのが全文で、F氏の記憶のなかの娘なら、すぐに飛んで行ったに違いないのに、そのときの私にはどうしても、そうすることができなかったからだ。自分が身軽でなくなる日がくるなんて、考えてもみなかった。それ以来、大事な試験に落第したような気持ちがし続けている。
 


 これが本書収録のエッセーです。
 ところが、この散文と同じタイトルの詩があるのです。2003年にある雑誌に掲載されたたまま単行本には未収録の作品です。
 江國香織さんは、形式に対する感受性がすぐれている作家です。
 同じテーマを詩で表現するとこんな作品が生まれるのです。
 


   F氏からの手紙
 

「ワシントンのフィリップコレクション(Qと21の角)で
大がかりなボナアル展をやっています
19日までです 見においで下さい」
F氏からの手紙にそう書かれていて
そわそわし
わくわくし
やがて無論かなしくなった

F氏の記憶のなかの娘なら
いますぐ旅行鞄をだしただろうに
それは後悔ではなくて
かといって諦念でもなく
もっと乾いた しっかりした実体のある何か
ことん と音をたてるような何か

冬の日の部屋の中の
一つのりんごみたいな

それは食べるためのものじゃなく
かといって飾りでもない
きまぐれに手にとって放り投げたり
匂いともいえぬかすかな匂いを
感じさせたりするまるい物体

なにかそのようなものが
私のそばにころがっている
 


 旅をした場所と空気、食べ物、そして出会った人々や動物たち。この物語のようなエッセー集は、時も場所も超えて、懐かしい思い出に、はるかな世界に読者を連れ出してくれるのです。
 さらに、この本には連載36篇のほかに、〈旅〉を主題にした三篇の詩と長めのエッセー「トーマス・クックとドモドッソラ」を収録したこともぜひお伝えしなくてなりません。このエッセーはさいたま市にできた〈鉄道博物館〉開館を記念して作られた山本容子さんの画集『過ぎゆくもの』(2007年刊/マガジンハウス)に収められた一篇です(大判オールカラーのこの本には、江國さんのほかに谷川俊太郎さんの詩、中沢新一・池澤夏樹・浅田次郎・関川夏央・池内紀・小川洋子・湯川豊・辻原登・嵐山光三郎の各氏による鉄道エッセーが収められています)。
 二十一歳の娘二人のヨーロッパからアフリカへの「無謀な」旅の思い出を描いた(「いきあたりばったりの旅こそ、私たちの憧れだった」)このエッセーは、まるで短篇小説を読むようです。

──『旅ドロップ』担当者より
 
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