いまだから読みたい。あの作家やミュージシャンの「コロナ禍の日記」

新型コロナウイルスが猛威をふるい続け、感染予防をする生活が日常となった2020年。今年のことを記録するため、日記をつけ始めたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、小説家や文筆家を中心に、さまざまな人々が記した2020年の“日記本”をご紹介します。

依然として猛威をふるい続けている新型コロナウイルス。感染対策としてマスクをし続けたり、パーテーション越しにレジでお金を払ったりする生活が日常となり、すでに半年以上が経ちました。

先の見えない未曾有の事態の中で、“日記”をつけ始めた──という人もいらっしゃるのではないでしょうか。小説家や文筆家、ミュージシャンといった職業の人たちの中にも、コロナ禍に翻弄されながらも続いていく生活を、日記を通して詳細に綴る人々が見られるようになりました。

今回は、“非常事態”と呼ばれるような日々が続いているいまだからこそ読みたい、コロナ禍に書かれた日記本を3冊ご紹介します。

『コロナ禍日記』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4907053452/

『コロナ禍日記』は、小説家の円城塔や王谷晶、ミュージシャンのマヒトゥ・ザ・ピーポーといった個性豊かな17名の書き手による、2020年1月から7月までの日記を集めた1冊です。

本書の大きな特徴は、日本のみならず、海外で暮らしている人の日記も数多く収録されていること。たとえば、イギリスに暮らす漫画家・楠本まきさんによる『UKロックダウン日記』と題された日記の中では、ロックダウン中のイギリスの情勢がこんなふうに記されています。

家にこもる生活の強制に伴い、世界中でDV被害が増加している。夜中にテレビをつけていると、相談先の情報の公共広告が流れた。ウェブサイトには、見ているページも閲覧履歴もワンプッシュで消去できるボタンがついているというので、試しにアクセスしてボタンに触れた途端、全て消えた。

ロンドン市長サディク・カーンが、「広めてください:英国籍でない人も、英国民と同様の診断と治療を受けられます。あなたが知っている英国以外の国民に共有してください。」とツイート。
ちなみにイギリスではもともと国籍にかかわらず、居住者の医療費は無料(プライヴェイトクリニックなどは自費)なのだが、このページには、「これは全ての人、許可なく英国に住んでいる人にも当てはまる」と明記してあり、グっときた。ヴィザがないことがわかって強制送還される、というようなことにはしないから安心して相談しろ、ということだ。
(──4月7日の日記より)

英国籍を持っていなくても、イギリスに住んでさえいれば適切な医療を無償で受けることができるという通達にホッとしたことを綴る著者。一方で、ドイツ・ベルリンに暮らす漫画家・香山哲さんの日記の中では、感染拡大初期の3月に、アジア人であるが故に受けた差別のことが綴られています。

8〜10歳ぐらいの男の子のグループの1人がすれ違う時に「コロナ」と言ってきたので振り返ってカメラを向けると全員逃げ出した。歩いて追いかけようとすると、かなり遠くまで走って逃げて行った。
こういうことがこんなに続くのだろうかと、うんざりする。気分が悪いし、疲弊する。(中略)
#ichbinkeinVirus (私はウイルスではない)というハッシュタグが各種SNSでたくさん使われている。突き飛ばされたり、家の前に消毒液の容器が散乱していたというのも見た。(中略)たくさんの小さな差別的事案があって、時々悪質なものがあったり、ごくまれに物理的な暴力を伴ったり凶悪なものが発生するのだろう。ドイツでも、州によって傾向がある。ベルリンは全体としては多様性を重んじる文化が根付いているが、まったく逆な人もたくさん住んでいる。
(──3月8日の日記より)

本書を読んでいると、本来は同じはずの1日が、居住地によってまったく違った様相を呈していることに気づかされるはず。世界のさまざまな場所で各々の問題に向き合いながらも、なんとか日常を取り戻そうともがいている人々の息遣いが聞こえてくるような1冊です。

『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4865282831/

『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』は、60職種、計77名の人々による2020年4月の日記を集めた1冊です。パン屋からごみ清掃員、ミュージシャン、教師、ホストクラブ経営者──など、実にさまざまな職種の人たちが、コロナ禍で一変してしまった自身の働き方や生活について赤裸々に綴っています。

たとえば、ミニスーパーの店員・にゃんべ(仮名)さんの日記では、トイレットペーパーが品薄になっていた時期に店を訪れたお婆さんとのやりとりが、こんなふうに描かれています。

開店後、客の入りはさほど多くもなく、いつもと変わりない。そういえば、今日は珍しく前日に入荷したトイレットペーパーがいくつか残っていた。
ピークは過ぎたと思うが、未だタイミングが悪いと入手するのに苦労する品ではある。うちの店も「お一人様一点限り」の制限付きだ。
すると一人のお婆さんが、「友達が困っているから友達の分も買って行ってあげたい」とレジに来た。流石にルールを守らないわけには行かず、「申し訳ございません」と丁重にお断りした。お婆さんは12ロール入りのトイレットペーパーを1つだけ買って、店を出た。
何だか申し訳なく思っていたのだが、すぐにお婆さんを追いかけた。
「お客さん、もしご自宅がお近くなら、一旦置いてもう一度出直していただければお売り出来ますよ」と伝えると凄く嬉しそうに「すぐ戻ってくるわ」と言いながら家へ帰った。
(──4月7日の日記より)

また、芸人であり現役のごみ清掃員でもあるマシンガンズ滝沢さんの日記では、未知のウイルスに対する恐怖心を抱えつつもごみ回収に勤しむ日々が綴られます。

例えば二週間、ごみ回収をおこなわなかったらどうなるだろう? 街はごみであふれ、衛生的にも防犯的な面でも壊滅的な現実が待ち受けているだろう。
この日は雨だが、これが恵みの雨なのかどうかもわからない。袋に付着しているウイルスが雨で流されていればいいのにと思いながら、ごみを回収する。(中略)
落ちた箸を拾うのも怖い。ばらまかれたティッシュを集めるのも怖い。見えないものというのはこんなに怖いのかと初めて知った。しかし怖いからと言ってごみの回収を止める訳にはいかないので、責任感の一点で回収を続ける。
(──4月13日の日記より)

本書を読んでいると、新型コロナウイルスの影響が自分の想像できるはるか遠くのできごとにまで及んでいることに驚かされるとともに、なにげない日々がいかにたくさんの人々の地道な労働によって支えられているかを痛感させられます。医療従事者や介護職員の方など、いわゆるエッセンシャルワーカーに対する感謝ばかりが求められがちな昨今ですが(もちろんそれはとても大事なことですが)、実際には“不要”な仕事などないのだ、ということを身を持って感じられるような1冊です。

『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4309208002/

『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』は、武漢在住の現代中国を代表する作家・方方ファンファンが自身のブログ上で記した、2020年1月から4月までの中国・武漢の実情を伝える日記を書籍化したものです。

武漢は、いまや全世界で猛威を振るう新型コロナウイルスによる、都市封鎖(ロックダウン)を最初に経験した都市。武漢の封鎖は1月23日から4月8日まで実に76日間にも及びましたが、方方は都市封鎖の2日後から、封鎖が解除されることが決定した日まで1日も欠かすことなくこの日記を書き続けました。

武漢ではこの2か月あまりの間に、新型コロナウイルスの感染拡大の主因とされた華南海鮮市場の封鎖、患者の治療のための大型病院の新設、コロナの危険性をいち早く指摘していた医師が感染により亡くなる──といったさまざまなできごとが目まぐるしく起こりました。方方はそれらの大きな事件すべてを詳細に書き残すばかりでなく、マスクが高額で販売されている街の様子や、病床不足で悲鳴をあげる医療従事者の声、ブログの文章が“遮断”(政府の検閲による削除)されたことなど、自らが目にし、経験した日常的なできごとも日記上につぶさに記しています。

特筆すべきは、政府の対応や同業者たちの振る舞いに忖度を一切せず、ときには非常に厳しい口調で批判をしている点。

ある作家は記者のインタビューに対して、「完勝」という言葉を使っていた。まったく話にならない。武漢はこんな状態なのだ! 全国がこんな状態なのだ!(中略)同業者だから罵倒するのは申し訳ないが、頭を使って物を言え! いや、上層部の歓心を買うために、彼らは頭を使っているのだ。(中略)
私は湖北の同業者に、ぜひ忠告しておきたい。今後おそらく、功績を称える文章や詩を書くことを要求されるだろうが、筆を執るまえに数秒考えてほしい。
(──1月31日の日記より)

医師の感染者が増えた時点で、「ヒトーヒト感染がある」ことははっきりしたが、大声で口にする人はいなかった。それは口止めされたからだ。口止めされたとしても、黙っていていいのだろうか?
(──2月7日の日記より)

方方は、武漢における感染拡大の主要因は“人災”だと言い切ります。本書は中国で事実上の発禁状態になるなど憂き目に遭い続けましたが、切実で力強く、嘘偽りのない彼女の言葉の数々は、発信し続けることの重要さを読者に伝えてくれます。コロナ禍の実情を伝える唯一無二の記録である本書は、2020年を代表する1冊と言えるでしょう。

おわりに

今回ご紹介した3冊の“日記本”を読み比べるだけでも、年齢や性別、住んでいる場所も実にさまざまな人々が同様に未知のウイルスに頭を悩ませ続けた2020年という年の特殊さが、しみじみと伝わってくるはずです。

日記は、そのときどきの社会情勢を伝えるのはもちろん、ニュースや論文では触れられることのないささやかな日常の貴重さ・愛おしさを私たちに思い出させてくれます。度重なる自粛要請に疲れてしまったり、感染拡大の現状に心が折れてしまいそうになったとき、ぜひ、今回ご紹介した3冊を手にとってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2020/12/19)

宇野重規『民主主義とは何か』/危機に直面する「議会制中心の民主主義」の現状を明らかに
植本一子、円城塔 他『コロナ禍日記』/非常時の理性的な生活を記録したアンソロジー