<新シリーズ『DASPA 吉良大介』発刊記念スペシャル対談> 榎本憲男(作家)×中野剛志(評論家) 「コロナと国家」【第2回】グローバリゼーションと独裁者

国家の非常事態に的確に対応するため内閣府に設置された各省庁からの選抜チーム「DASPA(国家防衛安全保障会議)」。そのひとりである警察キャリア官僚・吉良大介を主人公とした新シリーズ『DASPA 吉良大介』を上梓した作家・榎本憲男氏と経済産業省の現役官僚で評論家の中野剛志氏が「ニッポンのこれから」を語る。「コロナ」によって日本、そして世界では何が起きているのか?

 


新シリーズ『DASPA 吉良大介』
発刊記念スペシャル対談

コロナと国家
榎本憲男(作家)×中野剛志(評論家)


撮影/黒石あみ

榎本憲男氏(左)、中野剛志氏(右)

「コロナで、ヨーロッパもアメリカも日本も中国もマスクとか人工呼吸器を奪い合ったし、ワクチンができたら、当然自国民から先に配るに決まってるじゃない」(中野)
「この夏、オリンピックはなくなったんですけど、コロナ対策というオリンピックをやっている」(榎本)

――現在のコロナ禍の世界をどう見ていますか。
中野 今回のコロナで、ヨーロッパもアメリカも日本も中国もマスクとか人工呼吸器を奪い合ったし、何でワクチンの開発を各国が競争してるのかというと、できたら、当然、自国民から先に配るに決まってるじゃない。
榎本 そう、そう。
中野 お金を出すほうに渡すわけじゃないわけですよ。今回のコロナで、結局、ネイション単位で、ナショナリズムで動いてるっていうことが、暴露されちゃった。しかも、モノを奪い合うだけじゃなくて、感染者数とか、自国単位で気にしている。
榎本 そうです。だからこの夏、オリンピックはなくなったんですけど、コロナ対策というオリンピックをやっている。
中野 ああ、そうですね、どこが最初にコロナを押さえ込むか、みたいな。
榎本 そうです。
中野 加えて、コロナウィルス自身もグローバルに世界に広がったようにいわれてるんですけど、アジアのほうが死者が少ないとか、国によって出方に違いがある。中国株とか、最近では東京株が出てきたって言われてますけど、変異したりとかして、ウィルスまでナショナルなんですよ(笑)。対策の仕方も、マスクをすぐにする国民とそうじゃない国民――「おれたちは自由だから、マスクなんかしたくない」というような連中とで違いが出たり。例えば、ニュージーランドが早めにロックダウンを解除して、(コロナを)制圧したという勝利宣言をアーダン首相という女性の首相がしました。みんなで彼女の手腕を褒め讃えてますが、もし、グローバリズムやコスモポリタニズムが大事だったら、自分の国だけ助かったからといって、さっさと勝利宣言をやるのはおかしい。それなのに、「何て自国中心的だ、自国第一主義じゃないか」と彼女をだれも批判しないという(笑)。

――ニュージーランドは、自国中心的政策といえるロックダウンによって成功した。
中野 そうです。制限して、海外から入ってこないようにしたことで助かった。よく考えてみたら、公衆衛生とか防疫というのは、もう、古代から国家の仕事なのです。個人単位や村単位じゃ公衆衛生はどうにもならないから、国家というのができたのかもしれない。公衆衛生と国家は密接不可分です。
 今回、日本はロックダウンを強制できないといわれてますけれど、ロックダウンを強制するって権力ですよ。国家権力ですよね。マスクをつけるとか、外出しないとかいう行動変容を自由に任せていたらできない場合には、国家権力が介入して行動変容を強制する。でも「国家権力が介入するのは駄目だ」とひと昔前は――今でもそうですけど、リベラルの人は言うのですが、じゃあ、日本は何が起きたかというと、「国家権力はやりませんので、自主的に身を守ってください。自粛してください」となった。そうしたら、自粛警察という、正当性のない権力が出てきて、お互いを監視し合ったり、文句を言ったりする。これは国家権力より、かえって、たちが悪かったりするんですよね。
 実はコロナが起きる前から――僕の見立てでは、グローバリゼーションが決定的に流れが変わったのは、やっぱり、リーマン・ショックなんです。わかってる人は、90年代からこれはまずいと警鐘を鳴らしてたのですが、インテリ(知識層)のあいだでも、「グローバリゼーションはまずい」というふうにはっきりわかったのは、実はリーマン・ショック。そこでグローバリゼーションが反転して、そのあと、英国民がブレグジットを決めたり、トランプ大統領が出てきたりした。彼らがグローバリゼーションを終わらせたんじゃないんですよ。グローバリゼーションが終わったから彼らが出てきた。

 

「グローバリゼーションを放っておくと、リーマン・ショックだけでなく、独裁者が出てくる」(中野)
「コロナはそういう独裁化に拍車をかけているということですね」(榎本)

――時代が変わり、トランプが呼びこまれた?
中野 そう。そうなんですよ。トランプは結果なんです。だから、僕は、リーマン・ショックが終わったあとにTPPで国を開くと政府が言ったから、頭にきたわけですよ。それは歴史の流れと違うぞと。しかし、ブレグジットやトランプの登場で、一般の人たちも、もう明らかに風向きが変わったぞと気づいた。そんな中でのコロナなので、これは、コロナで変わったというよりは、早回しになった。(時代が)加速した感はありますね。

――歴史の流れが早まった?
中野 はい。
榎本 2008年でしたっけ、リーマン・ショックは。2008年にリーマン・ショックが起こったことがグローバリゼーションの反省になったということ、それは、全体的に被害が広がったっていうことですか。それとも、金融メカニズム自体に反省が広がってるんですか。
中野 両方ですね。実際には、理論家とか一部のインテリが、例えば、ポール・クルーグマンとか、それまでグローバリゼーション推しだった人たちが自ら反省を口にするようになったのがその辺りなんです。ただ実際には、金融システムの改革はちゃんと行なわれなかったんですよ。
榎本 そうでしょう。
中野 そう。実はそれが大きな問題で、ようするに、最初、「金融システムを改革しなきゃ駄目だ」という話だったのですが、オバマ政権は、最初は、それをやるかなと思ったんですけど、骨抜きになっちゃうんですよ。どうしてかっていうと、ようするにウォール街の金融権力は既存の金融システムで儲けているから。金融権力はロビイングもやるので、もう規制できない。アメリカの政治は(ウォール街に)乗っ取られているので、理論家たちが理論的に「これはまずいぞ」と言っても、政治が動かない。加えて、金融とか、ITとか、そういう人たちだけがお金持ちになって、一般の労働者が見捨てられて格差がすごく広がってしまった。アメリカの白人の男性労働者の賃金の中間値は、1970年代の半ばぐらいから40年間、ほぼ横ばいなんです。だから……。
榎本 デフレで……。
中野 ええ、低インフレです。そして、ここまで格差が広がると、アメリカ国民の多くは、さすがに「どうもエリートたちの言っていることは信じられない」となる。「グローバリゼーションを進めれば、みんなが豊かになると言ったけども、ずうっと放置されてるじゃないか」と。それで、オバマを選んで直してもらおうとした。実はオバマは、2008年の大統領選の最中は後のトランプとよく似たことを言っていて、NAFTA(メキシコ、アメリカ、カナダの自由貿易協定)を見直さなきゃいけないとか、国内の労働者を守らなければならないとか言ってたんです。で、オバマもリベラルっぽいから、それで期待されて大統領になったのですが、そのあと、実はオバマ政権の下で格差はかえって拡大してしまった。それで、オバマとかヒラリー・クリントンはもう信用ならない、マスメディアも信用ならない、となった。その結果、トランプがいくらフェイクニュースを流しても、エリートたちの言うことは信用できないので、みんなトランプに行ってしまったという、こういう感じなんですよね。
榎本 小説家的な妄想で言うと、オバマは最初から芝居をしてたような気がしますけど。
中野 あ、それはそうかも。
榎本 変じゃないですか。「資本主義を放っておくと格差が広がるよ」って、ピケティが言ったじゃないですか。で、放っておくと広がるということは、放任しておくと……という意味ですよね? 
 格差が広がるとどうなるか。例えば、一個人ができる消費は限界がある。
中野 あります。
榎本 例えば、(格差の上位が)10万円のディナーを食べて、片一方(格差の底辺)は安価な牛丼を食べているとする。でも、10万円のディナーを1人で100人分食べられません。(格差が広がれば)総消費額は小さくなりませんか?
中野 当然、なります。
榎本 需要というのは、消費と投資だから、消費の部分がものすごく小さくなると経済が疲弊するはずなんです。だから、格差が広がるというのは資本主義の危機だと思うんですね。
中野 そうです。
榎本 そうすると、これを何とか調整するには、「見えざる手」じゃなくて、「見える手」ではないか。素人考えですが、素朴に思うんです。でも僕が不思議なのは、古典派経済学の人たちは、自由放任が好きですよね。
中野 主流派の経済学者は、経済がうまくいかないのはまだ規制があるからだと言ったり、もっと規制緩和をすればもっと何とかなるはずだと言ったり、あるいは、格差が出たのは、それは、もう、自然の流れで仕方がないことで、それを是正しようとすると、かえっておかしくなるんだとか、そういう理屈を……。
榎本 屁理屈ですよね。
中野 結論だけいうと、人間は単なる労働商品になり、自然は破壊され、貨幣は暴走して、バブルとバブル崩壊をくり返して、人間生活がぐちゃぐちゃになった。これが19世紀です。そうこうしてるうちに、自分たちでそういう暴走から自分たちを守ろうとする。それが反動として、社会が自分たちを守ろうとすると、いわゆる、ファシズムになる。したがって、ファシズムが起きないようにしたければ、むしろ、早めに健全な市場を、もう1回、社会の中に戻し、労働者の権利を守る、市場取引を制限する、中央銀行が貨幣を管理するといったことをやらなければならない。これが、1930年代の教訓なのです。
 グローバリゼーションの何を恐れるかというと、これがあると暴走するんです。暴走してどうにもならなくなった結果、人間は団結して、それに対抗しようとした結果、ファシズムが起きる。グローバリゼーションを放っておくと、リーマン・ショックが起きるだけじゃなくて、独裁者が出てくる。で、今、そうなりつつある。
榎本 コロナは、そういう独裁化に拍車をかけているということですね。

 

構成/角山祥道

プロフィール

 

榎本憲男(えのもと・のりお)

1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』を監督、同名の原作小説も執筆。2015年『エアー2・0』雄を発表し、注目を集める。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行。シリーズ化されて、『ブルーロータス』『ワルキューレ』『エージェント』と続く。2020年警察キャリア官僚が主人公の『DASPA 吉良大介』を刊行。

 

中野剛志(なかの・たけし)

1971年生まれ。評論家。博士(政治思想)。東京大学教養学部卒業。通産省、京都大学准教授等を経て、現在は経済産業省。経済ナショナリズムを中心に評論活動を展開。『TPP亡国論』『富国と強兵』『日本思想史新論』『日本の没落』『日本経済学新論』ほか著書多数。

初出:P+D MAGAZINE(2020/10/15)

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