今月のイチオシ本【エンタメ小説】

『わたしの美しい庭』
凪良ゆう
ポプラ社

 屋上に、縁切りにご利益があるという「御建神社」があるため、周りの人たちからは「縁切りマンション」と呼ばれているマンション。そこに住う、神社の宮司でもある統理と、彼と離婚後、再婚した前妻夫妻の遺児、百音。統理の親友であるゲイの隣人、路有。同じマンションの住人であるアラフォーの桃子……、と、こんなふうに本書の〝側〟だけをなぞってしまうと、ありがちな物語かと思われてしまうかもしれない。けれど、違う。違っていて、そして素晴らしい。

 例えば、職場ではお局扱いされ、いわれのない誤解を受けたりしている桃子。そのことで傷つくこともあるけれど、そんな自分を宥めることもちゃんと知っている。年齢が年齢だけに、母親は結婚を急かす。孤独死なんて悲しいでしょう、と。そう言われて桃子は思う。「孤独死なんて言葉を考えた人は、重い罪に問われるべきである。誰かと一緒に生きていくのはもちろん素敵だけれど、だからといって、ひとりで生きている人をそんな恐ろしい言葉で脅さなくてもいいじゃないか。人生の選択は、もっと明るく自由なものであってほしい」。

 路有が恋の話のくだりで口にする、「フリーサイズの恋」。その言葉に反応し、どういう恋なの? と尋ねた桃子に路有は言う。「相手に期待せず依存しない。不測の事態が起きても自分でなんとかする。相手の状況に振り回されない、どんなサイズも受け止めるフリーサイズのシャツにお互いがなる、という恋」。

 ちなみに、路有のこの言葉に、お洒落大好きでファッションには一家言ある小学生女子・百音はこんなふうに返すのだ。「お洋服に置き換えると、すぐパジャマにされそうな感じだね」と(この後、路有が覚えのありそうな顔をした、と続くのですが、百音ちゃんのこの言葉、思わず吹き出しました)。

 元々は翻訳家で、今も翻訳を生業としている統理の、精神的な安定感(と理路整然感!)も堪らないし、桃子のドラマに登場する茨木のり子の詩が、これまた物語に抜群に合っているのも堪らない。迷わず読むべし、読むべし!

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2020年2月号掲載〉
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