日本初となる大規模個展開催中!【『よるくま』『金曜日の砂糖ちゃん』ほか】絵本作家・酒井駒子の世界

『よるくま』や『金曜日の砂糖ちゃん』などで有名な絵本作家・酒井駒子。そのどこかアンニュイかつ幻想的な作風で、子どもから大人まで多くのファンを集めています。今回は、そんな酒井駒子のおすすめの作品をご紹介します。

『よるくま』や『金曜日の砂糖ちゃん』といった代表作を持つ絵本作家・酒井駒子。その静謐な世界観とアンニュイな雰囲気の画風で、子どものみならず大人の絵本ファンからも絶大な支持を得ている作家です。現在は東京・立川のPLAY! MUSEUMで、日本初となる大規模個展『みみをすますように 酒井駒子展』が開催され、より一層注目を集めています(※展示は2021年7月まで)。

今回は、そんな酒井駒子が絵・文を手がけたおすすめの作品の読みどころと魅力をご紹介していきます。

男の子とくまのひと晩の冒険を描く代表作、『よるくま』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4033312307/

『よるくま』は、酒井駒子が1999年に発表した絵本。ロングセラーとして、子どもからも大人からも愛され続けている1冊です。

『よるくま』は、ある晩、ベッドに入った男の子が母親に、

きのうのよるね、うんとよなかに かわいいこが きたんだよ

と語りかけるシーンから始まります。“おとこのこ かしら おんなのこ かな”と尋ねられた男の子は、“ううん、くまのこ”と答えます。夜の闇のように真っ黒な色をしたその“くまのこ”は、よるくまという名前でした。よるくまと男の子は、いなくなってしまったよるくまの「お母さん」を探すため、夜の街を歩き回ります。

しかし、よく行くお店でも公園でも、お母さんは見つかりません。思わず泣き出してしまったよるくまの涙は、やはり夜のように真っ黒。よるくまの涙であたり一面が暗闇になってしまったなか、男の子が

たすけて ながれぼし!

と呪文のように唱えると、夜釣りをしていたよるくまのお母さんが、ようやく姿を現します。お母さんは魚を探しに行って家を空けていたことを謝りつつ、“あしたの あさ たべようねえ”とよるくまに語りかけ、男の子とよるくまを抱えて家に帰るのです。そして、その話を自分の母親にしていた男の子も、ベッドの脇に置いていたくまのぬいぐるみと共に、いつの間にか眠ってしまいます。

本作は、酒井駒子がデビュー作『リコちゃんのおうち』に続いて発表した、第2作にあたる絵本です。『リコちゃんのおうち』は、現在の酒井の画風とは少しイメージの違う、シンプルな線と明るい色使いで描かれた作品。酒井はその明るさにどこか違和感を覚えていたようで、「次は夜の話にしたい」と思って本作を描きあげた、と語っています。

黒を下地にした現在の画風が確立されたのは、第3作の『ぼく おかあさんのこと…』以降。『よるくま』は、現在の酒井の持ち味でもある幻想的な雰囲気と、いまはあまり見られなくなったはっきりとした色の塗り方がミックスされた、印象的な作風です。なかでも、よるくまのお母さんが夜釣りから帰ってくるシーンは、夜空の美しさと浮遊感、そしてよるくまの安心感が伝わってくる、何度も読み返したくなるような1ページになっています。

幻想的な作風が堪能できる、真骨頂的オムニバス──『金曜日の砂糖ちゃん』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4039652401/

『金曜日の砂糖ちゃん』は、酒井駒子が2003年に発表した絵本。本作は海外でも評価が高く、スロバキア共和国のブラチスラバで2年ごとに開催される世界最大規模の絵本原画コンクール・ブラチスラバ世界絵本原画展では、金牌を受賞しています。

本作には、表題作の『金曜日の砂糖ちゃん』、そして『草のオルガン』、『夜と夜のあいだに』という3つの短編が収録されています。どの作品にも共通しているのが、“子どもがひとりでいる時間”を描いていることです。

たとえば『草のオルガン』は、小学校の帰りなのか、黒いコートとランドセルを身につけてひとり歩いている男の子のこんな独白で始まります。

今日 ぼくは さみしいことがあったから

つまらないことがあったから

知らない道を とおって 帰る

“知らない道”を歩いていった先で、広い原っぱに行き当たる男の子。男の子は草原のなかに捨てられていた音の出ないオルガンを見つけ、ひとりでオルガンを弾きはじめます。バッタやチョウチョウ、カラスといった動物たちがその周りに集まってきますが、やがてやってきた“黄色いヘルメットのおじさん”に「ここに入っちゃいかん! ヘビが 出るぞ」と注意され、男の子は渋々、家へと足を向けます。物語は、男の子の

ぼくは ヘビにもあいたかったと おもいました。

という印象的なひと言で幕を下ろします。
母親が起こしに来るまでの短い時間、動物たちに見守られながら庭で眠る女の子のひとときを描いた『金曜日の砂糖ちゃん』、そして、両親が眠った真夜中に家を抜け出し、もう二度と戻ってこなかった女の子を描く『夜と夜のあいだに』。どの作品にも、大人が知る由もない子どもだけの時間は、もしかしたらこんなにも夢のような充実したものなのかもしれない──と思わされるリアリティがあります。

特に、『夜と夜のあいだに』は酒井の絵のトレードマークでもある下地の黒が活かされ、ひときわ幻想的なタッチで描かれています。作中の女の子が両親の眠る寝室を忍び足で通り抜け、家の扉を開けるシーンの美しさには、思わずハッとさせられるはず。物寂しくも惹きつけられるこのストーリーは、大人にこそ読んでほしい絵本です。

美しい絵とエッセイを収録した初めての画文集、『森のノート』


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『森のノート』は酒井駒子が2017年に発表した、初めての画文集です。タイトルは酒井が現在、“森のなかの家”と東京を行き来して暮らしていることに由来します。本作では、子どもたちの姿を描いた酒井の絵とともに、“森のなか”での日々が短いエッセイとして綴られています。

たとえば“絵本”と題されたエッセイでは、森のなかで子鹿と出くわしたという何気ないできごとが、酒井の絵本そのもののような、美しく静謐な筆致で描かれています。

カラマツの森の中に、ぽっかりと開けた場所がある。別荘地にでもしようとしたのだろうか。(中略)
二〇メートルくらいの白樺が二本、これは伐らずに残したのだろう。青空を背にすっくりと立っている。白い幹が光っている。風にゆらりゆらりと揺れている。背の高い美しい女の人のようだ。見ていると嬉しいような気持ちになる。いつまでも見ていたい。
私が静かに座っていると、向こうの方からトコトコと茶色いものが歩いてきた。子鹿だ!と思って息を詰める。子鹿は大きな耳を揺らして近づいてくる。背中の斑点がはっきりと見える。鼻が黒い。子鹿は急に棒立ちになった。私を見つめて、そしてあっという間に野いばらの茂みに消えた。こんな絵本があったなと思う。

また、自然豊かな環境で暮らしているからこそしばしば目にするのであろう“動物の死”についても、作中ではたびたび触れられます。本作での酒井の“生死”の描き方を、詩人の蜂飼耳はこのように評しています。

動物の死についてもたびたび書かれる。たとえば、次のように。〈ふと脇の斜面を見ると、茶色いものが倒れている。近くにいくと鹿だった。目はぽっかりと黒い穴になっている。腹は裂かれて、真っ赤な洞穴のように見える。角の長さから、まだ若い牡鹿だと思う。冬を越せなかった生き物の白骨を、何体か目にする。〉生を、静かに照らし出すような死が、この本のあちらこちらで点滅し、それが子どもたちを描いた絵の数々と響き合っている。聴覚、嗅覚などによって捉えられた事柄もこまやかに拾い出され、言葉にされているので、あざやかな印象が残る。
(『ちくま』2017年8月号より)

本作で綴られる“死”は、まさに“生を静かに照らし出すような”ものです。決して劇的ではない暮らしの記録でありながらもドキッとするような読後感が残るのは、動物や自然を見つめる酒井の目が非常に精緻であるがゆえの緊張感が全篇を覆っているからかもしれません。酒井の発想の源泉と美しい絵の数々を堪能することができる、ファンは必読の1冊です。

おわりに

自身が絵・文を務めた作品のほかにも、『赤い蝋燭と人魚』(小川未明)『ビロードのうさぎ』(マージェリィ・W・ビアンコ)といった名作絵本の挿画も多数手がけてきた酒井。現在母親・父親世代となった大人の読者の方のなかにも、これらの古典的名作を酒井のイラストで知ったという方が少なくないかもしれません。死や老い、時間といった観念を描いた深みのある作品に、どこか憂いを感じさせる酒井の画風は非常によくマッチしています。

酒井は、リアルなタッチを用いつつ、まるで生と死のあわいのような幻想的な絵を描く唯一無二の作家です。その作品に一度触れれば、メランコリックな雰囲気と美しいイラストの虜になるはず。今回ご紹介した作品を入り口に、酒井駒子ワールドにぜひ足を踏み入れてみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2021/04/19)

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