採れたて本!【海外ミステリ】

採れたて本!【海外ミステリ】

 これは一介のノワール読みからの忠告だが、「最後の仕事」なんて言葉を信頼してはいけない。理由は二つある。一つ、そいつは大抵、「最後」にはならない。二つ、本当に最後だったとしても、最悪の不幸ってやつは、必ず「最後」めがけてやってくる。

 ノワール読み必読の新刊、S・A・コスビーの『黒き荒野の果て』(ハーパーコリンズ・ジャパン)は、自動車修理工場を営む男、ボーレガードの「最後の仕事」の物語である。工場主としての、ではない。この男、昔は裏社会で伝説となるほどのドライバーだったのだ。

 工場の経営が傾き、家族の介護施設からは多額の利用料金を請求される。金策にあえぐボーレガードは、かつての仲間に乞われるまま、宝石店強盗に手を染めることになる。これは彼にとって、最後の仕事になるはずだった。

 ギャング、伝説のドライバー、強盗計画(ケイパー小説)、父と子──本作には、黄金期のノワール、特に「アメリカ」のノワールに求める要素が全て詰まっている。おまけに、アメリカの南部の黒人が主人公であり、近年だとアッティカ・ロックの『ブルーバード、ブルーバード』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)などに特徴的な、南部アメリカ小説のエッセンスも積極的に取り入れられているのだ。詰め込みすぎ、と思う人もいるだろうが、これだけ堂に入った運転技術を展開されては感服するほかない。

 先述のあらすじは、ありし日のノワールを読み慣れた人には、ありふれた筋立てだと映るかもしれない。しかし、そうした思いは冒頭から裏切られることになるだろう。シャープな文体によるカーチェイス、主人公が置かれた社会のありようを象徴する一幕。1章の20ページが既に、一編の短編小説のように鮮やかなのだ。本書は決してノスタルジーだけにとどまってはいない。「2020年代のノワール」として昏い輝きを放っている。

 中盤以降、巧みなツイストにより物語が駆動されていくのが見事だし、何よりも心震わされるのはラストシーンである。作中のシーンの幾つもが頭に蘇り、シビれるようなタイトルがいつまでも余韻として残る。このラストシーンをもって、評者はS・A・コスビーという作家に惚れこんだ。

 S・A・コスビーは本作でアンソニー、マカヴィティ、バリー、ITWスリラーと主要なミステリー賞を総なめした。2021年発表の新作『Razorblade Tears』もエドガー賞長編賞にノミネートされるなど、破竹の勢いは止まらない。日本での更なる紹介を大いに期待したい。

黒き荒野の果て

『黒き荒野の果て』
S・A・コスビー
訳/加賀山卓朗
ハーパーコリンズ・ジャパン

〈「STORY BOX」2022年5月号掲載〉

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