採れたて本!【エンタメ】

採れたて本!【エンタメ】

 主人公は世界で一番有名な戯曲家──シェイクスピア。その名を知らない人はいないであろう歴史上の人物であるが、彼の史実には意外と謎が多い。本書は、シェイクスピア史において「劇作家になるまでの」空白の数年間にスポットライトを当てた一冊だ。

 イギリスの田舎で売れない俳優として暮らしていたシェイクスピア。彼は年上の女性と結婚した後、ロンドンで役者として一旗揚げるために奮闘していた。しかしエリザベス女王に批判され、ふらっと失踪してしまう。物語は、この失踪期間に彼がアドリア海に浮かぶ島国・イリリアを訪れていた……という展開から始まる。なんとイリリアには、のちの「シェイクスピア作品」に登場するすべてのキャラクターが勢揃いしていた! 彼らの喜劇を目の当たりにし、シェイクスピアはイリリアで劇作家として目覚めることになる。

 本書の魅力は、なんといってもシェイクスピア作品のオマージュに満ちているところだろう。

「つくづく吞みこみが悪い男だなあ。僕の名前はパック。森の奥から飛んできた妖精さ」
「本当に妖精なのか?」
「信じろよ」
「信じられない。嘘をついているとしか思えない」
「どうしてさ、ロミオ?」

(『ロミオとジュリエットと三人の魔女』より)

 こんな台詞が一冊に張り巡らされている。ロミオとパックが共演してくれるだなんて、誰がいったい考えただろう? しかもこの惚れ薬は、ラストまでシェイクスピアを翻弄することになる。そんなあらすじを追いかけているうち、読者は夢中になってページをめくってしまう。

 スターシステム、という言葉がある。同じ作者が違う作品でキャラクターを使いまわす手法のことだ。もちろんシェイクスピアの場合は、明確なスターシステムを使って作品を書いたことはない。しかし本書を読むと、案外シェイクスピアも「どのキャラクターも同じ世界線にいて、もしかしたらすれ違っていたかもしれない」くらいの距離感で、キャラクターを生み出していたのかもしれない……と想像させられる。もしかしたら『ロミオとジュリエット』にだって、パックは登場していたかもしれないのだ。本書を読むと、喜劇的な物語を楽しむ以上に、さまざまなシェイクスピア作品の解釈も妄想できる。物語の世界にどっぷり浸ることができるうえに、シェイクスピア豆知識にも気軽に触れることのできる一冊なのである。

ロミオとジュリエットと三人の魔女

『ロミオとジュリエットと三人の魔女』
門井慶喜
講談社

〈「STORY BOX」2022年6月号掲載〉

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