採れたて本!【デビュー#19】

採れたて本!【デビュー#19】

 声優で書評家の池澤春菜が、初の小説集『わたしは孤独な星のように』を刊行。ついに小説家デビューを果たした。

 池澤春菜と言えば、福永武彦を祖父に、池澤夏樹を父に持つ文士の家系だが、高校在学中に声優デビュー。『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』の星馬豪役や『ケロロ軍曹』の西澤桃華役、『ふたりはプリキュア』のポルン役、『とっとこハム太郎』のロコちゃん(春名ヒロ子)役などで人気を博し、いまも声優として活躍しつづけている。

 そのかたわら、読書家としても知られ、SF書評やエッセイを各紙誌に寄稿。2017年にはSFエッセイ集『SFのSは、ステキのS』で第48回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。これらの実績を背景に、2020年から2022年まで、日本SF作家クラブ(SFWJ)会長を2年間つとめた。

 SFWJ の会長職を経験したあとに小説家デビューを果たすというのはたいへん珍しい(というか、たぶん史上初の)ケースで、それなりに大きなプレッシャーがあったのではないかと推測される。

 初めて書いた小説作品は、さかいみつやす監督脚本の同名映画をノベライズした短篇「オービタル・クリスマス」。これが2021年の第52回星雲賞日本短編部門を受賞し、その後、オリジナル作品の発表が待たれていた。

 声優として多忙な日々を送りながら小説を書くために池澤春菜が編み出した秘策が、SF小説の創作講座に別名義で通うこと。受講生に毎月課せられる課題(梗概と実作)を粛々とクリアし、そこで1年間に提出した短篇をブラッシュアップした5篇に2篇を加えて、本書『わたしは孤独な星のように』が完成した。

 巻頭の「糸は赤い、糸は白い」は、きのこ由来の脳根菌との共生によって人間の共感能力エンパシーを高めるバイオ技術「mycopathy」(マイコパシー)が一般化した未来を背景に、脳に入れるきのこの種類をどれにするか、その選択に悩む思春期の少女を瑞々しく描く。きのこSFにして百合小説というユニークな学園ものだ。

 SFWJ 編のオリジナルアンソロジー『2084年のSF』に寄稿された「祖母の揺籠」では、体内に30万人の子供たちを抱える直径50メートルの〝祖母〟が自身の来歴を語りはじめる。

「叔母が空から流れたのは、とても良い秋晴れの日だった」という書き出しが印象的な表題作では、亡くなった叔母の最後の願いを叶えるべく、叔母の友人とともにスペースコロニーの中を旅していく〝わたし〟の道中が叙情的に描かれる。

 かと思えば、どんなダイエット法でも絶対痩せないことでバズったヒロインが脂肪との死闘を経て思いがけない地点にたどりつく「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」と、その後日譚にあたる声俑(声優)SF「宇宙の中心でIを叫んだワタシ」のようなバカSFも楽しい。

 同書の版元サイトからは、著者がSFマガジンに連載しているエッセイ「SFのSは、ステキのS」の中で、この本の執筆経緯に触れた部分が読める。その一節にいわく、
 

 正直ね、書く道に進まなければ良かった、読んでいる人だけでいれば良かった、と何度も思いました。それでも、わたしが書くべきこと、掬うべきこと、残すべきことがあるのかもしれない、とその度に思い直して進んだ。
 書けたことは奇跡だし、それを活字にして出版出来ることは、さらに奇跡なのです。

 
 装幀は川名潤。紺地に十数種類のきのこをあしらったカバーは本の高さより1センチほど低くしてあって、表紙に刷られた星座の一部がカバーの上にのぞいているという珍しいデザイン。手ざわりも含めて、持っているだけで愛着が湧いてくる。

 SF作家としては、静かに胸に迫る詩情も、振り切ったコメディも両方書けるのが著者の強み。名刺がわりのこのデビュー短編集を経て、もっと長い作品に挑戦したとき、作家・池澤春菜がどんな変貌を遂げるのか、いまから楽しみだ。

わたしは孤独な星のように

『わたしは孤独な星のように』
池澤春菜
早川書房

評者=大森 望 

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