萩谷麻衣子の「幸せになれる離婚の作法」 ~“お金と子ども”の不安を解消します!~【第2回】
家庭内DVに悩んでいる人は、意外と多いのではないでしょうか?なかには、「DVされている」という認識すらない方もいらっしゃいます。DVからあなたと子どもの身を守るには、どこに相談すればいいのか、また「先立つものがないから別居はできない」という場合、何か方策はあるのか――などについて見ていきましょう。
萩谷麻衣子(はぎや・まいこ)
1988年、慶応義塾大学法学部卒業。2004年に萩谷麻衣子法律事務所を設立。とくに家族問題など生活に密着した法的問題や人権問題、刑事事件に力を入れて取り組んでいる。
テレビ朝日「ワイド!スクランブル」、TBS「Nスタ」などでレギュラーコメンテーターを務めるほか、「ビートたけしのTVタックル」「朝まで生テレビ!」などにも出演。
わかりやすい法律解説や、その知見に基づく社会評論が幅広い支持を集めている。
■相談file2
私を罵倒してばかりいる
夫に疲れました
(東京都在住 K・Kさん)
私は35歳の女性。5歳年上の夫(年収は800万円くらいだと思います)とは9年前に結婚し、7歳、3歳の子どもがいます。
結婚前は夫と楽しく会話していたのですが、最初の子どもが生まれた頃から会話が減っていき、いまでは、それこそ「メシ、フロ、ネル」といった必要最低限なことしか話してくれません。「何が気に入らないの?」と聞くと、「うるさい!」とキレだし、私の少し太めの容姿が気に入らないと言います。
そんなことを言われても、家事や子どもの面倒は私が一手に引き受けており、とてもではないけれどダイエットやエステに通う時間もお金もありません。なのに、たまに口を開くと、私を罵倒するばかりです。
手をあげることはほとんどありませんが、言葉の暴力がひどく、5年ほど前から本気で離婚を考えています。3年前に2人目の子どもが生まれましたが、それは半ばレイプされたようなもので、妊娠がわかったときには「お前の子はどうせ不細工だから堕ろせ」と言われました。
何度か離婚を切り出しましたが、「お前の資力で子どもが養えるのか」と言われ、丸め込まれています。
精神的にもう限界で、なんとか離婚をし、子どもを育てていきたいと思っていますが、自由になるお金がないため、別居すらできそうにありません。先生、どうすればよろしいでしょうか?
■萩谷弁護士のスッキリ回答!
別居をおすすめします!
ICレコーダーで証拠固め!
典型的な精神的DVのケースですね。
DVとかモラルハラスメントという言葉はよく聞くと思います。DVはドメスティックバイオレンスの略で家庭内暴力のこと。家庭内暴力には、殴る蹴るといった物理的な暴力のほか、言葉や態度で相手を攻撃する精神的暴力も入ります。
たとえば……
・大声で怒鳴る
・容姿を批判する
・脅す(「窓から突き落としてやろうか」「言うことを聞かなければ殴るぞ」などと言う)
・長時間説教をする
・無視する
・正当な理由なく仕事をさせない
・友だちや親族に会うことを禁止する
・行動を監視する(外出すると電話やLINE、メールなどで「どこで何をしているんだ」としょっちゅう確認が来て、電話に出なかったり返信をしなかったりすると怒るなど)
……などが精神的DVにあたります。
みなさんのなかにも、「えっ、私がされていたことってDVだったの!?」とあらためて気付かれる人が少なくないかもしれません。
一方、モラルハラスメント(モラハラと略します)とは、精神的嫌がらせです。精神的暴力(=精神的DV)と精神的嫌がらせ(=モラハラ)はどう違うのか、わかりにくいと思いますが、モラハラのうち程度や悪質性がひどいものが精神的DVであると考えていただいていいでしょう。
さて、精神的DVやモラハラは離婚原因になるし、相手に対し慰謝料を請求する理由にもなります。酷い言葉を言われることや無視されることがたまに(1年~数年に一度)あるという程度では離婚の事由にはなりにくいですが、精神的DVなどがある程度の頻度でなされているなら、離婚原因として認められる可能性があります。
あなたのように、夫から日常的に「うるさい!」とキレられたり、容姿を批判されたり、「お前の子はどうせ不細工だから堕ろせ」と言われたりしていることは精神的DVにあたります。
では、すぐに離婚できるかというと、残念ながらそんなに簡単ではありません。あなたが離婚を望んでも、夫が離婚を拒否した場合、離婚調停や離婚訴訟を起こして離婚原因(精神的DVなど)があることを証明していくことが必要になるのですが、精神的DVの証明は、簡単ではありません。
通常、相手は自分がDVをしていることを簡単には認めません。「DVじゃない」と言い張ったり、「そんなことは言っていない」「やっていない」と否定したりするケースは多く、そうすると、あなたはその否定がウソであることを証明しなければなりません。これが案外難しいのです。
証拠を取る方法として、暴言をICレコーダーやスマホで録音しておくことは効果的です。その度に記録しておけば、日常、かなりの頻度で暴言があることを証明できるでしょう。日記などもDVの証拠になりますが、相手から「ねつ造だ」と反論されることも多いので、日記をつけるならば「たまに」ではなく毎日書いておくのが望ましいです。
また、DVをされた場合は、弁護士に相談して欲しいですが、いきなり弁護士のところに行くのはためらわれるのであれば、内閣府の「DV相談+(プラス)」や都道府県の配偶者暴力支援センター、DV支援を行っているNPO法人などに相談してみてください。あまりにつらい場合は心療内科への受診も検討してください。相談したこと自体が証拠になりますし、これらの相談機関では有用なアドバイスをしてくれると思います。
肉体的な暴力に発展しそうな危険がある場合は、最寄りの警察署の生活安全課に相談に行くことも必要です。とにかく、あなたの心身の健康を守ることを最優先にしてください。
夫が子どもの前であなたにキレて怒鳴ったり、あなたを侮辱するようなことを言ったりする場合、それはあなたに対する精神的DVであるのと同時に、子どもに対する精神的虐待(面前DV)となります。面前DVとは、「児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」(児童虐待防止法第2条4項)のことで、重大なPTSD(心的外傷)につながるおそれが大きく、あなたが我慢すればいい、という問題ではありません。
夫が面前DVをやめないようであれば、一刻も早く子どもを連れて別居をすることが必要です。「DV相談+(プラス)」や都道府県の配偶者暴力支援センターでは、シェルター(一時避難施設)の相談もできます。
精神的DVが離婚に至った原因であると証明できれば、慰謝料も認められます。慰謝料額はDVの頻度、執拗性、悪質性にもよりますが、数十万円から300万円くらいが相場です。
ご相談には「半ばレイプされ」て子どもができたとも書かれていましたが、無理やり性行為をすることはDVですし、場合によっては夫婦間でも強制性交等罪(刑法177条、旧強姦罪)が成立する場合があることをご存じでしょうか? 東京高等裁判所平成19(2007)年9月19日判決は、夫婦には性交渉を求める権利と応じる義務があるとしつつも、暴力や強迫によって性交渉をしようとするのは違法であり、強姦罪(現:強制性交等罪)が成立するとしています。このケースでは、夫婦が別居していて離婚調停中だったにもかかわらず、夫が無理矢理性交を求めたなどの事情が考慮されて上のような判決が下されたので、同居していて離婚のためのアクションを起こしていないあなたの場合は、夫のレイプ案件として刑事犯罪に問うのは難しいかもしれません。ただ、夫婦だからといって、無理強いされた性交渉に応じる義務はないことを知っておいてください。
婚姻費用で生活基盤の確保を
さて、あなたは離婚したいけれども、経済的な不安もあるようですね。離婚を考えるとき、ネックになりがちなのが子育てや経済的な面です。女性の場合、夫より収入が少ないケースが多く、夫の収入に依存している家庭がまだまだ多いので、離婚すると経済的に困窮することになってしまいそうです。
そこで考えてほしいのが婚姻費用の請求です。婚姻生活を維持するための費用を婚姻費用といい、民法では次のように規定されています。
「第760条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」
つまり、結婚している以上、生活費は夫婦共同で収入等に応じて負担するべきものなので、別居してから離婚が成立するまでのあいだ、収入が少ない側(この場合はあなた)が、多い側(この場合は夫)から、婚姻費用という生活費を受け取る権利があります。まずは、DVから逃れるために別居をして、夫から婚姻費用を支払ってもらい、あなたが子どもを育てて生活をすることを考えましょう。
これまでの言動からみて、あなたが婚姻費用を請求しても、あなたの夫は素直に支払ってくれない可能性が高いと思います。夫が支払いを拒んだり、金額で折り合いがつかなかったりした場合は、裁判所に「婚姻費用分担調停の申立」をしましょう。調停が成立しなければ裁判所が審判で金額を決めてくれます。調停には申立から2、3ヵ月~1年くらい、審判の場合は3ヵ月~半年くらいかかることが多いですが、いずれにしても原則として申し立てた月から支払義務が発生するので、夫が支払わない場合はできるだけ早く婚姻費用分担調停の申立てをすることをおすすめします。
調停や審判で裁判所が婚姻費用を決定する場合は、基本的には裁判所が作成している「算定表」に、夫とあなたの年収、子どもの人数・年齢を当てはめて金額を算出します。
あなたの場合、夫の年収が税込みで800万円、あなたは年収0円、子どもは3歳と7歳とすると、婚姻費用は月額18万~20万円となります。あなたが健康で、いま現在は仕事をしていなくても、潜在的に年間120万円くらいは稼げるだろうと認定されれば、婚姻費用は16~18万円になります。
実際にあなたがアルバイトをして年間120万円(税込)稼げれば、婚姻費用が18万円だとしても、合計すると生活費は25万円を超えます。余裕はないかもしれませんが、親子3人、なんとか暮らしていける水準ではないでしょうか。
ちなみに、離婚成立後は子どもたちの養育費(民法第766条1項)を支払ってもらう権利があります。こちらも裁判所が算定表を公開しており、あなたが年間120万円(税込)稼いでいるとすると、養育費は月に12~14万円となります。離婚後は、夫はあなたの扶養義務は負わなくなるので、婚姻費用より養育費のほうが金額は減ります。そのかわり、行政の一人親支援制度を使えるようになるので、離婚後どのような支援を受けられるのか役所で確認しておいた方がいいでしょう。
先ほども触れましたが、夫のひどい精神的DVや子どもへの面前DVからあなたと子どもたちを守るためには、一刻も早く別居すべきだと思います。可能なら別居の前にDVの証拠を取るのが理想的です。証拠がとれれば慰謝料請求ができますし、相手が離婚を拒んでも裁判で離婚を認めてもらえます。もし弁護士費用が心配なら法テラス(国が設置している司法相談窓口)などを通じて、離婚や婚姻費用に関する相談をしてください。
※DV相談+(プラス)
https://soudanplus.jp/
24時間、電話やメールで相談に対応している。外国語でもOK。シェルターの相談にも応じている。
※法テラス
https://www.houterasu.or.jp/index.html
正式名称は日本司法支援センター。収入が一定以下の人は無料で法律相談に乗ってもらうことができる。
※この連載では、なかなか相談しにくい離婚に関する悩みや相談をお受けしております。
もちろん、個人を特定できないような形で掲載しますので、安心して応募ください。
下記のリンクより応募できます。
初出:P+D MAGAZINE(2022/04/25)