森岡督行「銀座で一番小さな書店」最終回
〈承前〉
リスト化したソール・ライターの日本関係蔵書を確認し、あとは東京に向けて発送するだけ、という状況に漕ぎつけると、財団のマーギットさんとマイケルさんも、すっかり安心した様子になりましたが、私にはもうひとつ、大切な仕事がありました。ソール・ライターのオリジナル・ヴィンテージプリントを渋谷ヒカリエの蔵書展で販売する権利を得るための交渉が残されていたのです。それが財団を訪ねた目的のひとつであり、初日にすこしマーギットさんに相談していたものの、具体的にはまだ何も決まっていない重要案件。そこであらためて説明してみると……。マイケルさんは次のように言いました。「ソール・ライターがセレクトし手焼きした、オリジナル・ヴィンテージプリントは、数が少なく販売できないが、ニュープリントなら販売可能」。しかも、「写真集に掲載された写真ならどれでも選んでいい」とも。
それを聞いた時、私はびっくり仰天し、こう思わざるを得ませんでした。「はるばる、ニューヨークに来て、本当に良かった」と。そして2人はこうも言いました。「部屋から少し出ていて」。何のことかと思いきや、イーストヴィレッジで大人気の中華料理かタイ料理で、パーティーをしてくださるというのです。「あ、それは嬉しい」というわけで、タイ料理を希望し、準備の間、しばし、またアトリエの外に出ました。
とは言っても、特に行くあてはなく、外の通りをただウロウロ散歩してみることに。マーギットさんとマイケルさんから聞いた話によると、ソール・ライターのアトリエの目の前は、実は、写真家のダイアン・アーバスが住んだアパートで、ソール・ライターは、1960年代に彼女の代表作の「Identical Twins」のオリジナルプリントを150ドルくらいで買ったこともあったそう。3ブロック先には、同じく写真家のロバート・フランクが住んでいて、ソール・ライターは彼の代表作の写真集『The Americans』を持っていました。また、アンディー・ウォーホルのアトリエも近所にあり、ソール・ライターが彼と会ったのは一度きりだったけれど、その時に撮った写真が残されているとも。美術家のロバート・ラウシェンバーグのアトリエも比較的近くにあったそう。「おそらく1960年代にこのあたりを散歩しただけで、今では伝説になっているようなアーティストたちとすれ違ったかもしれない」と思いながら、ウロウロ歩きました。