森岡督行「銀座で一番小さな書店」最終回

森岡督行「銀座で一番小さな書店」


 ちなみに、東京に戻ってから、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』(中央公論新社)をめくってみると、「シャルトルーズ」や「ハイボール」「シャンパン」「エール」「ジン・リッキー」といったお酒は散見されるものの、いくらページをめくっても、目を皿にして読んでも、あのブランデーの名前はどこにも見あたりませんでした。私の予感は外れたのです。ただ、プラザホテルのスイートルームの場面を読んでいると、主人公達が、暑い最中に窓を開けて飲んでいるものとして、「ミント・ジュレップ」とありました。では「ミント・ジュレップ」とはどんなお酒なのでしょう。銀座のBAR/Sの阪川徳さんに質問してみると、阪川さんは、「ケンタッキーバーボンにミントで香り付けをして、砕いた氷を入れたお酒で、競馬のケンタッキーダービーのオフィシャルカクテル」という内容の返答。「うちではすこし炭酸を入れます」と付け加えて、すぐにつくってくださりました。さすがという他ありません。砕いた氷は溶けるのが速く、冷たくて夏にぴったり。何より良質なミントの香りが爽快。次回ニューヨークを訪ねる機会があるなら、プラザホテルに「ミント・ジュレップ」があるか確かめに行ってみよう。きっとあると思うがすごく高価だったらどうしようかな。

 

 ソール・ライター財団から日本関係書籍が無事に到着し、渋谷ヒカリエでの展示も予定通り搬入が完了しました。蔵書展がはじまると、連日、たくさんのお客様が足を運んでくださりました。菓子作家の小川紗季さんには、オリジナルの「ソール・ライターどら焼き」を約1200個もつくっていただきました。ソール・ライターが所有していた『How to Wrap Five Eggs: Traditional Japanese Packaging』(日本の伝統パッケージを解説した写真集/岡秀行著・1967年)に着目し、「この本を開いた時、こんな風に包まれた日本の菓子に想いを馳せたかもしれない」という観点から、珈琲を練り込んだオリジナルの「珈琲どら焼き」を開発。それを「竹皮」に包んで販売しました。

 井津由美子さんは、イーストヴィレッジのアトリエを、ソール・ライターが他界した3週間後からフィルムにおさめ、以後、2019年まで断続的に撮影を続けました。彼が最も愛したアトリエのイメージ。今回は、そのなかから、初公開を含め、これまであまり発表する機会のなかったモノクロプリントを10点展示しました。井津さんが搬入に来てくださった際に、自分が、マイケルさん公認の「New Yorker」になった顛末を述べると、井津さんは「ニューヨークは誰でも、降りたった瞬間からNew Yorkerになる」と教えてくれました。東京なら3代にわたって住まないと東京人にはならないと言いますが、ニューヨークは、きっと移民を受け入れ続けた街の成り立ちがあるのでしょう。そういえば、資生堂の初代社長の福原信三は、将来の銀座通りの方向性として、ニューヨークのブロードウェーと5番街の2案をあげ、電車も車も通さず、誰もが自由に散策できる5番街のような形に進化させるのが妥当だと提案していましたが、福原信三も、もしかしたら、そのような街の気質を感じていたのかもしれません。

森岡督行(もりおか・よしゆき)

1974年、山形県生まれ。法政大学卒業後、一誠堂書店(東京・神保町)勤務を経て、2006年、「森岡書店」(同・茅場町)オープン。2015年、「一冊の本を売る書店」がテーマの「森岡書店」を銀座にリニューアルオープン。株式会社森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、絵本『ライオンごうのたび』(あかね書房)、『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)などがある。

週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.117 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん
萩原ゆか「よう、サボロー」第20回