森岡督行「銀座で一番小さな書店」最終回
余談ですが、実は今回の滞在で、わずかな自由時間に向かったのがプラザホテルでした。小説『グレート・ギャツビー』に登場するホテルで、一度なかを見てみたいと願っていた建築。超高級なので、ホテルの前の小さな公園で「ここがあのプラザホテルか」と、いわば指をくわえて見ているようなかっこうでいると、マントを着用した紳士がドアマンに誘導され回転扉からなかに入っていきました。その光景はさすがという他ありません。ところがしばらくすると、「FLORIDA」とプリントされたTシャツに短パン姿の、体格のいい青年が回転扉からなかに入っていくのが見えました。その時、私はこう思いました「今しかない」。思い切って、回転扉へ駆け寄ると、おそらく、私と同じような気持ちで見ていた人間が何人もいたということでしょう。次々と世界中から来たとおぼしき観光客が、回転扉に突入していったのです。プラザホテルの回転扉はグルグル高速で回転しはじめました。
エントランスを抜けると正面にはバーがあり、よし、ここでお酒を飲んでみようと思った私は、ガチガチに緊張しながらテーブルに着き、メニューを開きました。すると、カクテルやワインのリストのあとに、なんと50時間ほど前に銀座のBAR/Sで口にした、あるブランデーの名前があるではありませんか。実は、このブランデーも超高級で、銀座ではお祝いの席で飲ませていただいたものでしたが、プラザホテルのバーのメニューに印字された金額を見た私は、えっ、となりました。なんと1杯600ドル。1ドル140円として84,000円。チップと税金もかかるから10万円以上になりそう。銀座も高かったが、それよりもずっと高い。その時、私の耳元では、次のような声が聞こえた気がしました。「せっかくニューヨークに来たのだし何事も経験だよ。ここは思い切ってオーダーしてみなさい」。また次のような声も聞こえてきた気がしました。「よーく考えよー。お金は大事だよ。1泊10万ならまだしも、1杯10万は、君にはまだ早いんじゃないかい」。私は48歳ではありますが、後者の声に従うことにしました。
一方で、私はこうも思いました。「『グレート・ギャツビー』の主人公のジェイ・ギャツビーは、禁酒法時代のアメリカにおいて酒の密輸に手を染め、若くして富を得た人物。もしかしたら、このブランデーが小説のなかに出てくるかもしれない」