ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第10回

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第10回
職業を尋ねて、
相手が「漫画家です」と答えて来た時は、
瞬時に話題を変えるべきである。

この原稿は一応「進捗どうですか」と催促が来る前に書き始めているが、明日には来ると予想されている、ついこの前〆切が終わったはずなのに、おかしい。

このように作家というのは〆切から〆切にワープするタイムトラベラーであり、感覚的には人生の大半が〆切という、塀の中にいた時間の方が長い人みたいな生活をしている。

しかし私は何度も言っている、職業を問われたら「無職」と答えるようにしている。

だが実を言うと、無職になって以来、家から一歩も出ず、人づきあいというものが皆無なため、私に職業を尋ねる人間などおらず「無職と答える準備だけは出来ている」という、彼女より先にコンドームを調達している童貞みたいな状態になっている。

童貞なら「コンドームを使いたいから彼女を作る」というバイタリティがあるだろうが、残念ながら私には「無職と答えたいので、職業を聞いてくれる人を作る」というガッツはない。

よって「いつでも無職と言えるようにしておく」という「刀の柄に手をかけた状態」にしておくしかない。
こうなると、何度無職だと言っても「今日はお仕事お休みですか」と聞いて来る、かかりつけの歯医者が頼もしい存在に思えてくる。ぜひ次回も聞いて欲しい。

しかし、無職と言わないまでも、自分の職業が「漫画家」であると周囲に明かさないという漫画家は結構いるのではないかと思う。

何故なら言ったが最後高確率で「何を描いているのか」聞かれるからだ。
聞いた方も「漫画家」という若干意表をついた答えが返って来た手前「何を描いているのか」を聞かないのは失礼だと思っているのかもしれないが、これが巨大な間違いなのだ。

相手が「漫画家です」と答えて来た時「こいつは植田まさしだな」という確信がない限りは、瞬時に話題を変えるべきである。
「宗教・政治・野球」という三大ケンカになりやすい話題でも良い。漫画家に「何描いているんですか」と聞くよりはマシだ。

相手が作品名を答えて、それを知っていれば「えー○○先生なんですか!?」となり、答えた方も「いやいやそんな大したことないっすよ」と言いながらまんざらでもない、という良い雰囲気になるかもしれないが、そんなことは後々「奇跡」と語り継がれるレベルのレアケースなのである。

漫画に詳しくない人というのは、ドラゴンボールやONE PIECEどころか、ドラえもんとサザエさんぐらいしか知らなかったりするのだ。
この質問に堂々と答えていいのは藤子・F・不二雄か長谷川町子しかいない、つまり「存命中の人間にしていい質問ではない」のだ。

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カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。