◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第1話 Welcome to Japan〈後編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第1話 Welcome to Japan〈後編〉

空港の税関ブースでは、旅具検査官が渡航客の荷物に目を光らせていた。

「この時間だと、十六時二十分着のジャカルタ便の客ですね。行ってみますか? 住田(すみだ)さん良いですか?」

 会議室の外に出ていた英が、審理官の住田に許可を取る。「ええ、どうぞ」と、住田が同意した。

 機動班の検査官たちはマイク付きイヤフォンでやりとりしているので、その内容は槌田には聞こえない。だから返事で内容を想像するしかない。歩きながら検査官の一人が「カメ?」と訊ねた。続いて他の検査官達も「カメ?」「カメなの?」とカメを連呼する。

「カメって、あのカメですか? 甲羅のある」

「言い方を聞く限り、そうらしいですね」

「他にカメってあります?」

「容器の瓶もあります」

 発音が違えば液体容器の瓶になる。瓶の場合、中身によっては大事になる。廊下を進んでいくと、先にいた検査官の一人が踵を返した。

「住田さん、事案になるかもしれません」

「分かりました。取調室準備しておきます」

 二人の会話が聞こえる。

「ってことは、密輸ですか?」

「いや、まだ分かりません。生き物の場合は関わる法律が複雑なので」

 生き物の種類によって関わる法律が異なり、管轄する省庁も違うというのは座学で学んだ。けれどいくつも法律名と省庁名が出て来たこともあり、頭に残っているのは検疫が必要とされる物は動物検疫で、それ以外はすべて税関の管轄だというざっくりとしたことだけだ。

「ああ、でしたねぇ」

 曖昧な返事を英に返すと、「私もすべて覚えてはいません。旅具検査官時代も、何か出て来たときに、その都度調べて対処していましたけれど、出て来ない物もありますからね」

 見抜かれたうえに励まされた。

 前を行く検査官に続いて自動ドアから税関ブースへと出ると、数名の検査官に囲まれた男が一番ブースの横の検査室へと連行されていた。

「見学してもよろしいですか?」

 英が栗原(くりはら)班長に了解を取る。

 旅具検査官は一時間ごとに三交替で検査を担当する。四時台の担当は十時台と同じく第一班だった。

「違法だと確定すれば」

「取調室に移動」

 先んじて答えた槌田に英が頷いた。二人も検査室内に入ってドアを閉めた。石井(いしい)と重田(しげた)の男性検査官二名と女性検査官──驚異のロリータの異名を持つ鈴木(すずき)が検査台の上で男のスーツケースを開けている。四十代に見えるブルゾン姿の男が「書類はあります」と言いながらスーツケースに手を伸ばすが、「触らないで下さい」と鈴木がはねつけた。

 書類があるのに申告しなかったのなら、脱税したということだ。

 よりにもよってカメかよ、と槌田は男を見る。

 希少動物の密輸事案が年々増えている。薬物などと比較すればやはり利益は少ない。何より生物の密輸は、生きているだけにリスクが大きい。鳥とほ乳類の場合は鳴き声と動きを止めるために薬を使って眠らせなければならない。しかも見つからないように荷物の中に拘束して隠し入れているのだから、生き物にとって良い状態のはずもない。到着時には命を落としている事も多い。生きている個体を持ち込んで売らなければ金にはならない。けれど摘発されずに密輸するためには、生命を危機的な状況にさらさざるをえない。底を切り取ったペットボトルに詰め込まれたオウムの実例では、かなりの数が死んでいた。写真を見たとき、怒りしか湧いてこなかった。そのときの感情が甦り、男を怒鳴りつけたくなる。だが見学の立場なだけに、なんとか堪える。

 開いたスーツケースの中のしきりを捲り、検査官が紙の箱を五つ取り出した。印刷からお菓子の箱のようだ。箱の蓋を開けて中から白い布の塊をつかみ出す。その箱には六つ入っていた。鈴木が開くと、今度はティッシュの塊が出て来た。スーツケースの横に置いた白いプラスチックトレイの上に載せる。それを重田と鈴木の二名で丁寧に手で開いて行く。

「あー」と、不満そうな声を上げながら、重田がトレイの上に取り出した物を置いた。色も模様もパイナップルに似た見た目の十センチくらいの楕円形のものだった。

「インドホシガメです。書類はあります」

 追い込まれた状況は自覚しているらしく、男が申し訳なさそうに早口で言った。

「まず、全部出して確認します」

 再度、鈴木がはねつける。鋭い口調に男が一歩、検査台から退いた。

 三名の検査官がティッシュの塊の中からカメを出すことに没頭していると、最初に「これ、違う」と重田が声を上げた。トレイの上に置かれたのは、カメと同じようなサイズと形の石だった。

「これも石だ」「これはカメ」

 石とカメの比率は今のところ半々だ。なぜ石を? と槌田は疑問に思うが、訊くわけにもいかない。

「記念に拾ってきた石だって言いましたよね?」

 冷たい声で鈴木が言う。

 状況が読めた。男は検査されたときに備えてダミーとして石を準備していたのだ。検査を受けた場合は石を見せる。それですり抜けようとしたのだろう。だが鈴木は騙されなかった。

「全部で十五匹、あと石が同数」

 すべて出し終えた石井が告げる。

 カメを五匹載せたトレイが三つ、石を五個載せたトレイが三つ並べられた。

「すみません、その、書類はありますから」

 男がぺこぺこと頭を下げる。

「では出して下さい」と鈴木に言われて、ようやく男がスーツケースの中に手を入れる。

 クリアファイルからA4サイズの数枚の紙を渡した。受け取った石井が台の上に五枚の書類を広げて目を通し始める。

 書類があるのなら脱税だろう。ワシントン条約で規制されておらず、検疫の必要がない動物の場合、通関は一般貨物と同じく、申請書類を書いてチェックを受け納税するだけだ。関税が掛からない物ならば消費税のみとなる。

 きちんと手続きしたのだから納税になるのは分かっていたはずだ。なのに申告しなかった。検査で見つかりさえしなければ、と思ったからだ。しかも、見つかっても、誤魔化そうと石まで準備した。これは自覚の上での犯罪だ。じろりと男を見る。

「全部、ジャカルタのCBです」

 肩をすくめて男が言った。

 初めて聞く言葉が出て来た。

「Captive Bred、飼育下で繁殖させた個体の略語です」

 さらりと英が説明した。この十五匹はブリーダーが繁殖させたカメだと理解した槌田は、改めてカメを見る。全匹頭も手足もしっぽも甲羅に収めていて、見た目は綺麗な模様の石にしか見えない。

 石に見える──動いていない。生きているのか? と、槌田は不安になる。

 まったく動く気配はない。カメは爬虫類だから陸上で生きていられる。しかしこの状態で貨物室に入れられ運ばれて大丈夫とは思えない。

 もしかして全滅だろうか? 一匹でも生きていて欲しいと願いを込めて注視するうちにあることに気づいた。カメはすべてパイナップルに似た綺麗なはっきりした模様をしている。けれど三つ目のトレイのうちの二匹は、他のものより色が薄く模様の中心から外に向かって細かい筋が入っている。

 同じ種類でも柄の違うものはいる。犬や猫、鯉などが柄ごとに値段が変わるのも知っている。だとするとはっきりした柄の十三匹よりも、あの二匹は安いかもしれない。

「あの二匹って、他のよりも安かったりするんですかね?」

 こそっと英に囁く。こちらを見た英はすぐさまカメに視線を戻したのちに、「すみません、その二匹、違いませんか?」とはっきりと言った。

 鈴木と重田の二人が「え?」と驚いた声を上げる。

 筋の入った柄と入っていない柄の二匹のカメを石井は左右の手にそれぞれ持つと、持ち上げてじっくりと眺めながら、「確かに違うな」と言った。

 柄の違いがなんだと言うのだろう。生き物なのだから、まったく同じではないだろうと、槌田は思う。

「それとこの二匹だけ、細かい筋が入ってますね」

 石井が持つ一匹とトレイの上の一匹を指して同意見を口にした鈴木の男に向ける目は、さきほどよりもさらに厳しい。これは何かあると男を見る。男の顔はさらに紅潮している。どうやらただの脱税ではなさそうだ。

「動検にカワウソいる? よかった。カメを見て貰いたいの」

 鈴木が胸元のマイクに向かって話した。

 ドウケンのカワウソ。鈴木が意味不明なことを言った。ドウケンは動物検疫の略語かも知れない。農林水産省の動物検疫所は日本国内への動物の病気の侵入を防止するために検疫を行っている。だが管轄する動物は限られていて、爬虫類や両生類は含まれていないと学んだばかりだ。何よりカワウソが分からない。近年、ペットとして人気が出て来てコツメカワウソの密輸が増えているのは学んだので知っている。首を傾げているが、今までさりげなく説明してくれていた英が今回は口を開かない。

 一分も経たずにノックの音に続けてドアが開かれた。税関とは違う制服姿の男がするりと部屋に入ってくる。挨拶に行ったときには席を外していたらしく、見覚えがない。首から下がる身分証明書には川相亮太郎(かわいりょうたろう)とあった。カワウソの謎が解けた。「かわい」という苗字の漢字表記を「かわそう」と説明するうちに、ひっくり返してカワウソがあだ名になったのだろう。

 川相は挨拶抜きで英と槌田の横をすり抜けてカメに近づいてしゃがみ込んだ。迷うことなく柄の違う二匹のカメを手に取り、腹側を見たりとしばし無言で観察している。やがてトレイの上にカメを置いて口を開いた。

「こっちの十匹はインドホシガメ。この三匹も。でもこの二匹はホウシャガメ」

 少し高めの声で言いながら、置いたばかりの二匹を指す。

 柄こそ似ているが、どうやら種類自体が違うらしい。けれど男はすべてインドホシガメだと言い、書類もあると提出した。ならば男が本当に隠して持ち込みたかったのは、こちらの二匹だと槌田は察する。

 川相が男に目を移す。そのとき初めて川相の顔を見る。丸顔で大きめの鼻に丸い小さな目で、全体的に愛嬌がある。何かに似ていると思った槌田はそこで気づいた。カワウソの呼び名は苗字だけではない。顔もカワウソに似ているからだ。まだ年は若そうだ。三十代前半、あるいは二十代後半だろう。

「ホウシャガメはワシントン条約附属書Ⅰ類、インドホシガメはⅡ類」

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire’s Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。

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