◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第4話 Bon voyage〈前編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第4話 Bon voyage〈前編〉
晴海ふ頭にクルーズ船が到着。乗客が巻き込まれたトラブルとは!?

 

 制服姿の監視取締官の列の後ろにつき、CIQ検査スペースの左隣の自動ドアから乗降客コンコースへと出る。時刻が早いこともあり、外気は幾分涼しい。左の晴海側に二〇二〇年夏季東京オリンピックに向けて建設中の選手村のマンションが見える。右側が港でセブンシーズ・ゴールデンパールが接岸している。コンコースは船の旅客階に直結しているので見えるのは整然と列んだ客室の窓ということもあり、船というよりも巨大なマンションのようだ。

「すみません、これでも緊張しているんですけれど」

 横を歩く英が申し訳なさそうに、さきほどの続きを言ってきた。

「ツアーコンダクターの職業病というのか、癖が染みついてしまったんだと思います。お客様の前では平静を貫かないといけなかったもので」

 だとしても、今回はさすがに違うだろうと槌田は心の中で思った。わずかに眉を顰めたのを見逃さず、「すみません」と英がまた謝罪する。相手の表情を見逃さず、非があればすぐさま謝罪する。これもまたツアーコンダクターの職業病だろう。

「客のニーズに応えるべく常に注意を払っている?」

「それです」

 槌田を見て英は苦笑して言うと、前に向き直った。

 相手の表情を読むのが上手く、自分の感情は押し殺せる。警察にいたら、さぞかし優秀な刑事になれただろう。そう思いながら、槌田は英の横を歩き続ける。目の前にタラップが見えてきた。渡った先はセブンシーズ・ゴールデンパール号となる。

 晴海港に着く国際船の入港尋問と旅客検査は監視部監視取締官が担当する。調査部統括審理官の担う役割は、監視部監視取締官の事案の摘発後の取調だ。取調は晴海客船ターミナルビル内にある取調室で行われるので、調査部統括審理官が乗船することはない。今回、槌田と英が乗船するのは異例のことだ。

「旅客とスタッフが長い時間一緒にいるクルーズ船ならではのケースですね」

「そうだな」

 英に話しかけられて槌田は同意する。

 タラップを渡りきり乗船する。正面にセブンシーズ・ゴールデンパール号のメイン・スタッフの数名が待ち受けていた。その中にアジア系の女性スタッフがいた。彼女が磯谷千香だろう。

「それではのちほど」

 先に乗船していた友保班長がこちらに向かって言うと、つづけて「これより入港尋問を開始します」と宣言した。セブンシーズ・ゴールデンパールは昨年からすでに何度も晴海港に入港しているのでスタッフも慣れているらしく、必要書類を監視取締官に差し出した。

「磯谷さんですか?」

「はい。このたびはご面倒をお掛けして大変申し訳ございません。なにとぞよろしくお願い致します」

 槌田の予想通り、アジア系の女性スタッフがそう言うと深く頭を下げた。

「話が出来る場所を準備しておきました。こちらへどうぞ」

 先導する磯谷の後ろを英と槌田の二人はついていく。磯谷がエレベーターの前で立ち止まった。

「当初、豊島(とよしま)様のお部屋でと考えたのですが、ご利用頂いているのは海側キャビンで、これだけの人数となると、ちょっと狭いかもしれないので」

 到着したエレベーターに乗り込むと磯谷は十一階のボタンを押した。船の八階以上はレストラン、ダンスホール、映画館、フィットネスジム、プールなどの遊興施設エリアだ。てっきり会議室にでも案内されると思っていただけに、槌田はこそっと英に訊ねる。

「乗務員の会議室って十一階にあるのか?」

「いえ、ございません。場所は私の判断で準備させていただきました」

 答えたのは磯谷だった。エレベーターの到着のベルが鳴る。ドアの開閉ボタンを押して、先に下りるように促される。後に下りた磯谷がまた先を進み始める。ガラス張りの通路の向こう側には四方を木製のビーチチェアに囲まれたけっこうな大きさのプールがあった。まだ朝の五時半過ぎだからだろう、泳いでいる人はいない。

「それにしてもすごいな」

 槌田が乗船したことのある最大規模の船は、旅先の島に渡るフェリーだ。そのときでも十分に船の大きさに驚いたものだが、今乗船しているクルーズ船はその比どころではない。

「こちらは十八歳以上の大人のお客様専用のプールとなります。同じく十一階のデッキ前方にお子様もご利用可能なプールがございます」

「二つ?」

「はい、最後尾にはジャグジーもございます」

 にこやかに磯谷が答える。

「さすがクルーズ船だな」

 感心したように言う槌田に「セブンシーズ・ゴールデンパールはクルーズ船としては規模は小さい方です」と英の声が聞こえて、だからこそ晴海港に入港可能だということを思い出す。

 現在、東京湾内に大型客船ターミナルは晴海ふ頭と竹芝ふ頭の二つがある。入港するためには海面からの高さが五十二メートルのレインボーブリッジをくぐらなくてはならず、高さ六十メートルを超えるクルーズ客船を受け入れることは出来ない。そこで東京都は二〇二〇年七月のオープンに向けて、レインボーブリッジより沖合の新交通ゆりかもめの船の科学館駅近くに、船の接岸部分の長さ四百三十メートルで世界最大のクルーズ客船も受け入れ可能な東京国際クルーズターミナルを今まさに建設している最中だ。

「はい。世界を周遊するクラスではフロア面積が当船の二倍以上ある船もございます。こちらになります」

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire's Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。