滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー⑤
よい条件の転職を、
「せっかくですが、いいです」と断る三郎さん。
使命感に燃える私は説得をし続けた。
「せっかくですが、いいです」と断る三郎さん。
使命感に燃える私は説得をし続けた。
それからというもの、高柳商店に来るたびに、三郎さんのようすを観察するようになった。相変わらず、会社の人にはよく使われている三郎さんだったけれど、三郎さんの周りには、別の時間が流れているみたいに見えた。三郎さんは、三郎さんに合わせてゆっくり流れる時間の中を、悠揚と泳いでいるみたいに見えた。
銀子さんに、それとなく、三郎さんのことを尋ねてみたことがある。
三郎さんは、生まれつき軽度の知的障害があるということで、障害者手帳を持っているそうだった。
「障害っていっても、ほとんどないのよ」
銀子さんは、指の先をぺろっとなめて、伝票を繰りながら言った。
「この会社だっていつまでもつかわからないでしょう、万一のとき、強いのはわたしたちでなくて、三郎さんよ。だってね、いろんな手当をもらえるでしょう、わたしたちなんかよりずっと恵まれているわよ」
机の上からボールペンがころがり落ち、銀子さんは屈(かが)んで拾い上げた。
「三郎さん、ああ見えてももうかなりの年なのよ、在庫の整理をひょろひょろやってるのを見るとね、もうそろそろここの仕事、やめてもらわないとねって思うこともあるのよ。この前だって、配達、間違えて、お得意先にご迷惑おかけしたでしょう」
そこで銀子さんは、窓の外に目をやった。
三郎さんは、コンクリにホースで水をまいていた。
「水をまけば涼しくなるって思ってるんだろうけど、それっていっときだけで、かえって蒸し暑くなるんだよね」
柱時計のカチカチという音が急に大きく響いた。