丸谷才一『年の残り』/芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第69回】教養で書く文学の魅力

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義! 連載第69回目は、丸谷才一『年の残り』について。人生の年輪が刻む不可知の世界を描く作品を解説します。

【今回の作品】
丸谷才一年の残り』 人生の年輪が刻む不可知の世界を描く

人生の年輪が刻む不可知の世界を描いた、丸谷才一『年の残り』について

ぼくは高校生の頃から小説家になりたいと思っていました。ですから芥川賞受賞作は必ず読むようにしていました。考えてみるとその頃の候補作は、長い芥川賞の歴史の中でも、最高のレベルにあったのではないでしょうか。その頃の毎回の候補作を見ると、「内向の世代」と呼ばれる書き手たちの名が並んでいます。この人たちは、学生作家として華々しくデビューした石原慎太郎や大江健三郎と同世代です。彼らの活躍を横目で見ながら、企業に就職し、市井の人間として黙々と生きていた人々が、四十歳を過ぎた頃から、サラリーマンの日常を描いた地味な私小説を書く新鋭作家として、一つのトレンドを作り始めていたのです。

残念なことに、内向の世代と呼ばれる作家たちは、幻想的な作風の古井由吉を除いては、誰も芥川賞を受賞していません。死屍累々という言葉が思いうかびます。何度候補になっても落ち続ける。この世代の作家たちがいまの文壇の長老になっていることを考えると、当時の選考委員は何を考えていたのかと疑問を覚えてしまうのですが、受賞した作品のレベルがそれほど高かったということでしょう。確かに今回の『年の残り』は一筋縄ではいかない作品です。技術の粋を尽くした高踏的で知的な作品です。私小説一辺倒の内向の世代とは違った作風ですし、その知性のレベルが選考委員を圧倒していて、委員たちが恐れをなしたということがあるのかもしれません。

丸谷才一は内向の世代とほぼ同世代ですが、すでに翻訳者として名を成していましたし、鋭い論調の批評家としても注目されていました。芥川賞受賞を機に、社会問題をおりこんだ大衆小説まがいのヒット作を次々に発表する、この時代を代表する作家の一人になりました。批評家としても、誰もがびくびくして、丸谷さんの悪口はけっして言ってはいけないという、文壇の黒幕のような大御所になりました。

老人になった感慨を知的な言辞で語り合う

さて、『年の残り』という作品なのですが、冒頭にエピグラフのように和泉式部の和歌が掲げられています。「かぞふれば年の残りもなかりけり、老いぬるばかりかなしきはなし」という、何とも索漠とした歌ですが、その時代の代表的なイケメン貴公子と浮き名を流した和泉式部だけに、しみじみとした味わいのある歌といってもいいでしょう。小説のタイトルもここから来ているのですが、この歌そのものは和泉式部の作品としてはあまり知られていないものではないでしょうか(この芥川賞作品で有名になった気がします)。こういう歌をさりげなく掲げておくところに、どうだ、おれは教養があるだろう、といった自慢げな思いが見え隠れするようです。

この和歌に出てくる「年の残り」は、年末になって残りの日数が少なくなったことを示しつつ、自分の人生の残りも少なくなったことを嘆いているもので、ですから年末のあわただしさといった話ではなく、老人が人生を振り返るというところがポイントになっています。若い頃はそれなりに活躍した七十歳前後の老人が数人いて、それぞれの人生を交錯させながら、老人になってしまった感慨を、知的な言辞で語り合うという趣旨の作品なのですが、構成が見事で思わず惹き込まれてしまいます。

この作品が芥川賞を受賞した時、ぼくは二十歳くらいだったと思いますが、何だかひどく感動したことを覚えています。そこには、老人になるって、寂しくて怖いことだなという、人生そのものに対する恐怖のようなものがあったのではないかと思います。その当時は、書き手が四十代半ばで、作品の中の登場人物が七十歳前後だという、その年の差のことについては、あまり考えませんでした。とても浅はかなことですが、二十歳の人間にとっては、四十歳も七十歳も、同じような「年寄り」と感じられたからです。

作品のもつ奥深く知的な空気感

いまのぼくは、登場人物の年齢に近くなっています。そして、この作品を書いていた時の作者を、「若造」だと感じます。若いのに、こんな老人の話をよく書いたな、と褒めてやりたいような気分もあるのですが、老人でない作者が老人を書くと、過剰に年寄りくさくなるということもあるのではないでしょうか。たぶんこの作品が出た時代と比べて、いまは平均寿命が伸びていますし、団塊の世代が老人になったせいで、世の中全体に占める老人の割合が格段に大きくなっています。つまり老人パワーが拡大しているのです。ですから七十歳といっても、「年の残り」を数えるほどの年齢ではない気がします。

それともう一つ、この作品が書かれた時代には、文学というものは知性をもった人々の楽しみでした。ですからどれだけ教養があるかをさりげなく示す丸谷才一の作風が高く評価されたのだと思います。この感じが、いまの若者には伝わらないかもしれません。年収がどれだけあるか、テレビによく出るか、ということが人間の評価基準になっている昨今、知性や教養なんて、邪魔っけな過去の遺産と感じられるかもしれません。教養というものが評価された古き良く時代の作風かもしれませんが、それでもこの作品のもっている何とも奥深い空気感には、学ぶべきものがあると思います。

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初出:P+D MAGAZINE(2019/06/13)

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