「次世代」を感じる、現代短歌の歌集4選

SNSなどを中心に若者の間で広まった現代短歌のブームは、ますます勢いを増しています。今回は、2010年代に発表された現代口語短歌の歌集の中から、初谷むい、谷川電話などによる選りすぐりの歌集を4作品ご紹介します。

SNSや短歌投稿サイトなどを通じて広まった現代短歌のブームは、新しい時代を迎えてさらに盛り上がりを見せています。TwitterやInstagramの中で短歌を目にすることも増え、この頃は実にさまざまな人が自由に現代短歌を楽しんでいるようです。

歌集の世界でも、近年では「次世代」を感じさせるようなユニークな作品が多く見られるようになってきています。
今回は、2010年代に発表された最新の現代短歌の歌集の中から、特に新しさを感じさせる珠玉の歌集を4作品選んでご紹介します。

『花は泡、そこにいたって会いたいよ』(初谷むい)

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出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07DGGLLNZ/

イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く

その手紙はとてもたいせつわたしたちだけが知ってるそのたいせつを

『花は泡、そこにいたって会いたいよ』は、1996年生まれの歌人・初谷はつたにむいが2018年に発表した歌集です。新鋭で著名ではない歌人の歌集であるにも関わらず、発売から2週間で重版が決まるなど、SNSを中心に大きな話題を集めました。

本書に収録された歌を貫いているのは、恋の只中にいるときの喜びやときめき。冒頭で引用した2首では、恋人と行った水族館でイルカショーを見ているワンシーンや、恋人同士の秘密の手紙のやりとりが、ひらがなを多用した柔らかい文体で描かれています。初谷むいの短歌はどれも、なにげないけれど二度とは訪れない大切な瞬間を、非常に高い純度で結晶化させたようなきらめきに満ちています。

どこででも生きてはゆける地域のゴミ袋を買えば愛してるスペシャル

エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜を思うよ

“愛してるスペシャル”“えすか”といったテンションの高い言葉遣いからは、熱に浮かされたように全身で恋をしている人の気分が伝わってきます。大胆な破調や独特の韻律には戸惑いを覚える方もいるかもしれませんが、現代歌人の最新の歌集に触れてみたい方にとっては、必読の1冊です。

『恋人不死身説』(谷川電話)

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出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863852592/

恋人は不死身だろうな目覚めたら必ず先に目覚めてるし

ハンモックいいねいいねと言いあってかけがえのない素通りをする

『恋人不死身説』は、1986年生まれの歌人・谷川電話が2017年に発表した第一歌集です。
本書は『花は泡、そこにいたって会いたいよ』と同じく恋をテーマにした歌集ですが、恋人と過ごすかけがえのない日々を詠んだ歌と、失恋後の満たされない心の中を詠んだ歌の両方が収録されていることが特徴です。

IKEAへとあなたと入る瞬間に微笑みながら消滅したい

放置したカレーを覆うまっしろなカビがきれいだひとりだだめだ

「お客様おひとりですか?」「ひとりですこの先ずっとそうかもしれない」

恋人と永遠に一緒にいたいという切実さ、そして恋人を失ったあとの“ひとり”の寂しさは、痛々しくもストレートに読者の胸を打ちます。谷川電話の歌はどれも流れるようなリズムでさらりと読めてしまう一方で、読後には切ない余韻を残します。

『ナイトフライト』(伊波真人)

ナイトフライト
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863852932/

『ナイトフライト』は、1984年生まれの歌人・伊波真人まさとが2017年に発表した歌集です。
本書には、人影や物音を感じさせない“郊外”の夜を詠んだ歌が多く並びます。

雨つぶが道一面を染め上げて宇宙は泡のようにひろがる

まちあかり避けて山へと向かうとき車は星のみぞおちをゆく

幼い日「水族館」と呼んでいた生け簀の鯛は何匹目だろう

空の下キーホルダーの人形がとれたチェーンが揺れつづけてる

ロマンティックで端正な短歌が続く一方、時折さりげなくうっすらとした恐ろしさや不気味さを感じさせる歌が交じるところにも、著者の作風の幅広さを感じさせられます。

三月の深夜ラジオのDJの「またどこかで」は別れの言葉

夏の夜のすべての重力受けとめて金魚すくいのポイが破れる

また、著者本人があとがきの中でKIRINJIといったポップミュージックからの影響を強く受けていると語っている通り、洒脱でキャッチーな言葉遣いは、まるで歌詞のように読み手の中にさらりと入り込んできます。深夜、ひとりで静かな音楽を聴きながら読むのにもぴったりの1冊です。

『コンビニに生まれかわってしまっても』(西村曜)

コンビニに生まれ変わって
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863853289/

コンビニに生まれかわってしまってもクセ毛で俺と気づいてほしい

『コンビニに生まれかわってしまっても』は、歌人・西村曜が2018年に発表した歌集です。
作中の中心になっている主体は、おそらく無職である“俺”。社会にうまく馴染めない悲しみが、どこか希望を感じさせる明るいユーモアとともに描かれます。

ひきこもる俺からもっとも遠い村としてムラサキスポーツはある

大会が終われば無職だと聞いて水球選手に親しみが湧く

おとうとのあとに検索開いたら「水を恐れる 前世」の履歴

生きづらさを抱えながら、それでも世界に接続しようとしている“俺”の姿は、チャーミングで憎めない存在として読み手の心に寄り添ってきます。

「一ポンデあげる」ときみがちぎってるポン・デ・リングのたまの一つぶ

はじめてのいのりのようにうまく手を組めないまんま二人歩いた

恋を詠んだ歌の素朴さや、随所から感じられる“照れ”の感覚には、思わず微笑んでしまいそうになります。世の中や人間関係に漠然と疲れてしまったとき、そっとページをめくりたくなるやさしい歌集です。

おわりに

今回ご紹介した歌集の著者は、皆20~30代の若手の歌人ばかり。「次世代」の短歌界を担うであろう歌人たちの短歌は、どれも個性的で美しく、それぞれにユニークです。

若手歌人の最新の短歌に触れてみたいという方はもちろん、自分でもこれから現代短歌を作ってみたいという方にとっても、自信を持っておすすめできるのが今回の4冊。ぜひ、ここからお気に入りの歌人を見つけて、自分なりの短歌の楽しみ方を探してみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2019/06/12)

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