菊池良の「もしビジネス書が詩だったら」【第2回】──『イーロン・マスク 未来を創る男』

堅苦しいイメージの強い「ビジネス書」が、もし「詩」だったら──? この連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)シリーズがメガヒットを記録しているライターの菊池良さんに、ビジネス書の内容を要約・凝縮し、自由詩に変換してもらいます。第2回のお題は、全世界が注目する経営者の伝記『イーロン・マスク 未来を創る男』です。

堅苦しく読みにくいイメージの強い「ビジネス書」を、簡潔かつ文学的な「詩」に変換して読み解く連載「もしビジネス書が詩だったら」

第2回のテーマは、2015年に発売され全米で話題沸騰となった『イーロン・マスク 未来を創る男』です(アシュリー・バンス著)。
全世界から今もっとも注目を浴びており、“次世代のジョブズ”との呼び声も高い経営者、テスラ他CEOのイーロン・マスク。イーロンの幼少期からこれまでが鮮やかに描かれた初めての伝記である本書を、菊池良さんが独自の視点と“詩”で読み解きます。

 
 

詩『イーロン・マスク 未来を創る男』/菊池良

イーロン・マスク詩

 
 

イーロンは、現代のシリコンバレーを代表するロック・スターだ

人類を火星に飛ばそう。100%の電気自動車で自動車産業に100年ぶりのイノベーションを起こそう。アメリカ大陸の地下に超高速鉄道を走らそう──。

まるでSF小説のプロットのようだが、これらは起業家のイーロン・マスクが実際に掲げるプロジェクトだ。それぞれの計画につき「スペースX」、「テスラ・モーターズ」、「ハイパーループ・ワン」という会社を組織し、資金を調達して、実現に動いている。

イーロンは現代のシリコンバレーを代表するロック・スターだ。とうてい実現不可能に思えるプロジェクトを立ち上げ、資金を集め、突き進んでいく。そのやり方は強引で、合理性に欠いているようにも見える。だから、毀誉褒貶きよほうへんが激しい。懐疑派は彼について、ホラを吹いて資金を集めるインチキ野郎だ、という見方をする。

 

「懐疑派」であった著者が、イーロンを紐解いていく

本書『イーロン・マスク 未来を創る男』は、そんなイーロンの初の本格評伝だ。著者のアシュリー・バンスは「ニューヨーク・タイムズ」紙でテクノロジー分野を担当していた記者で、彼がイーロンとその周辺の人物に取材をして本書は出来上がった。アシュリーは当初イーロンに対して「懐疑派」であったが、取材を進めるうちに考えが変わったと書いている。

読んでみるとその通りで、イーロンをイノベーターだと持ち上げる表現が散見される。その点は少し割り引いて読んだほうがよさそうだ。イーロンの計画はまだ道半ばで、今、良し悪しの結論を出せる状態ではない。
とはいえ、エキサイティングな起業家の半生を追体験したいだけなら、これほど面白い本はないと言っていいだろう。

 

難局をF1レーサーのようなハンドルさばきで乗り切りまくる

本書では、イーロンがどうやってシリコンバレーのロックスターになっていったかが紐解かれる。
南アフリカで生まれ、一日中本を読んでいたこと(あまりにも過集中で親が心配したほどだったそうだ)。
アメリカに憧れてクイーンズ大学に入ったこと。
弟のキンバルと一緒に事業を立ち上げ、やがて売却し、その資金を元手にやることをどんどんデカくしていったこと。

その道は苦難だらけだ。学生時代はいじめに合い、立ち上げた企業が合併すると内紛が起こり、自社の製品は予定通りに出せず倒産危機に陥る。イーロンは難局をF1レーサーのようなハンドルさばきで乗り切っていく。「間一髪」という表現がそのまま当てはまる。なにせあと少しで倒産というところで奇跡のように「実績」を作り、資金集めをするのだから。

 

イーロンが語る自分の最期とは?

イーロンは「子供の夢」のようなプロジェクトを次々に立ち上げ、強引としか言いようのないやり方でそれを形にしていく。そうやって耳目を集め、彼はロックスターへとなっていった。映画『アイアンマン』のトニー・スタークは彼がモデルだし、アニメ『シンプソンズ』にも本人役で出演している。

起業家がこのようなカルチャーヒーローになるのは、21世紀のシリコンバレー特有の現象に思える。

そして、本書を読むと、冒頭に書いたイーロンのプロジェクトが、実は幼少期からの夢だったこともわかる。そこから導き出されるイーロンの人物像は、とてもピュアだ。ほんとうに「子供の夢」だったのだ。
イーロンは自分の最期についてこう言っているそうだ。

「火星で死にたいね。できることなら」

 
 

【プロフィール】菊池良(きくちりょう)

ライター。2017年に出した書籍『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)が15万部のスマッシュヒット。そのほかの著書に『世界一即戦力な男』がある。
Twitter:@kossetsu

初出:P+D MAGAZINE(2018/07/30)

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