菊池良の「もしビジネス書が詩だったら」──『21世紀の資本』【第5回】
堅苦しいイメージの強い「ビジネス書」が、もし「詩」だったら──? この連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)シリーズがメガヒットを記録しているライターの菊池良さんに、ビジネス書の内容を要約・凝縮し、自由詩に変換してもらいます。最終回となる第5回のお題は、『21世紀の資本』(トマ・ピケティ著)です。
堅苦しく、難解なイメージの強い「ビジネス書」を、「詩」に変換して読み解く連載「もしビジネス書が詩だったら」。
最終回となる第5回のテーマは、『21世紀の資本』(トマ・ピケティ)。2013年にフランス語で刊行され、2014年に英語版が発売されると瞬く間に世界的なベストセラーとなった本書は、「富の格差」とその是正の必要性について書かれた1冊です。この名著を、菊池良さんがやさしい言葉と“詩”から読み解きます。
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めっぽう分厚い学術書が10万部の異常事態
トマ・ピケティ『21世紀の資本』は長大な本だ。日本語版は700ページ近くもあって、厚さは約5センチある。
フランス語の原題は『Le capital au XXIème siècle』で、「Le capital」というのはカール・マルクス『資本論』のフランス語版タイトルと一緒である。
『21世紀の資本』は、一種のブームを作った。分厚いゴリゴリの学術書が10万部を超えてヒット(世界では累計150万部以上を突破)し、入門書は何冊も生まれた。では、肝心のその中身には何が書かれているのか。読み始めると、イメージとは裏腹に、難解な数式などはほとんど出てこない。長さの原因は、その「射程の広さ」であることがわかる。
ひたすらデータを集め、格差の拡大傾向を証明
ピケティの結論は明快だ。それは「格差は拡大している」ということ。ピケティはそれを、過去200年に及ぶ各国の税務資料を用いて証明しようとする。
「クズネッツ曲線」で有名なアメリカの経済学者サイモン・クズネッツは、資本主義はその初期においては格差が開くが、 経済成長によっていずれ縮小していくという説を提唱した。しかし、ピケティの研究結果は違った。
パリ経済学校の教授であるピケティは、多くの協力者たちと、15年かけて20カ国以上の課税記録を収集した。それによってわかったのが、格差が縮小していた20世紀半ばは例外的な時期であり、資本主義は一貫して格差を拡大させてきたということだった。
なぜ格差が拡大するかというと、それは経済成長よりも資本の収益率のほうが高いから。つまり、労働で給料をもらうよりも、株や不動産で所得をもらうほうが効率がいいので、資本を持つ人と持たない人の差はどんどん広がるということだ。ピケティはこれをひたすらに、あらゆる資料を用いて証明する。富の偏在を歴史的にも地理的にも明らかにしようとしているので、ページ数はどこまでも増えていく。
資本主義は放っておくと、格差が拡大する。悲観的な結論だ。ピケティは格差解消のための提言もしている。それが「グローバル資本課税」だ。資本を多く持つ富裕層に対して、世界的な一律の税金を課そうというものである。
グローバル化が富裕国の最低技能労働者たちに重い負担をもたらすことを考えれば、原理的にはもっと累進的な税制が正当化されると言えるので、全体の構図さらに複雑性のレイアーが追加されることになる。(中略)
累進課税は万人がグローバル化の恩恵を受けるようにするためには欠かせないし、累進課税の不在がますます露わになれば、最終的にはグローバル化経済への支持がなくなりかねない。
しかし、これには全世界の協力が必要なので、実現は難しいというのが大方の意見だ(ピケティ本人も、自分は「ユートピアン」だと認めている)。そして、ピケティは課税したあとにどうするかまでは書いていない。
アメリカで発売した途端、世界的なピケティブームが発生
ピケティの経歴と、周辺情報もまとめよう。
ピケティは1971年、フランス生まれ。ロンドン経済学校で博士号を、22歳という若さで取得する。その後はアメリカに渡ってMIT(マサチューセッツ工科大学)で助教授として教鞭をとり、1995年にフランスへ戻ってフランス国立科学研究センターで研究者に。2000年には社会科学高等研究院で教授になった。2006年にはパリ経済学校の創設に関わる。ここでの研究が、本書の元となった。
『21世紀の資本』の英語版が2014年に発売されると、この本は一気に話題の中心になった。ポール・クルーグマン、ロバート・ソロー、ジョセフ・スティグリッツといった経済学の重鎮たち(いずれもノーベル経済学賞を受賞)が、本書を高く評価した。
アメリカではリーマン・ショックが発端となった世界金融危機により、「We are the 99%」をスローガンにしたウォール街占拠運動など、格差是正を求める声が大きくなっていた。その理論的な裏付けをあたえた本書がベストセラーになることは、必然だったのかもしれない。
しかし、本書への批判や、懐疑的な意見も当然ある。富裕層も散財するので格差は相殺されるのではないか、過去のデータの傾向なので今後はわからないのではないか、そもそも格差が拡大していても底辺層が豊かになっていたらいいのではないか──などなど。
ピケティは本書のタイトルに関して、
論理的に言えば、『21世紀の夜明けにおける資本』という題名にすべきだった
とも書いている。『21世紀の資本』が示したものがはたして本当に21世紀の資本そのものなのか、その答えは100年後にわかるだろう。
『21世紀の資本』がもし詩だったら──(作・菊池良)
【プロフィール】菊池良(きくちりょう)
ライター。2017年に出した書籍『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)が15万部のスマッシュヒット。そのほかの著書に『世界一即戦力な男』がある。
Twitter:@kossetsu
初出:P+D MAGAZINE(2018/12/24)