【連載お仕事小説・第1回】ブラックどんまい! わたし仕事に本気です

燃えるお仕事スピリットが詰まった新連載がスタート。夢と希望に満ちあふれて就いた職業ほど、苦難と背中合わせなもの。憧れだけでは夢にはあと一歩足りない。なりたい自分になるにはどうしたらいい? そんな迷いや悩みを抱え今日も働くあなたの背中を押す、「心のビタミン小説」です。全24回。

 

ここはテレビドラマの制作現場。緊張で張り詰めた空気の中、撮影は進む。主人公の七菜(なな)は、テレビ局の下請け制作会社のAP(アシスタントプロデューサー)。広島から単身上京し、多忙な日々と格闘中。個性の強い仕事仲間、終わらない仕事、やらかした失敗……、今日も折れそうな心を抱えながら、ブラックな仕事に立ち向かう! 

【登場人物】

時崎七菜(ときざき なな):テレビドラマ制作会社「アッシュ」に勤める31歳。広島県出身。24歳で上京してから無我夢中で走り続け、多忙な日々を送っている。

板倉頼子(いたくら よりこ):七菜の勤める制作会社の上司。チーフプロデューサー。包容力があり、腕によりをかけたロケ飯が業界でも名物。

小岩井あすか(こいわい あすか):撮影が進行中のテレビドラマの主演女優。

橘一輝(たちばな いっき):撮影が進行中のテレビドラマの主演俳優。

佐野李生(さの りお):七菜の後輩のAP。26歳で勤務3年目。

平大基(たいら だいき):七菜の後輩のAP。今年4月入社予定の22歳の新人。  

野川愛理(のがわ あいり):メイクチーフ。撮影スタッフで一番七菜と親しい。

 

【本編はこちらから!】

 午後三時から始まった会議はすでに四時間を超え、(とき)(ざき)()()は眠気と倦怠感を(こら)えるのに必死だった。
 二十畳ほどの会議室には、中央に楕円形のテーブルが置かれ、キャスター付きの椅子が七脚、テーブルを囲むように置いてある。いまその椅子に座っているのは七菜と上司である(いた)(くら)(より)()、それにテレビ局側のチーフプロデューサーとアシスタントプロデユーサーの四人だ。
 テーブルの上にはシナリオが何冊も積まれ、その周囲にはスケジュール表だの配役表だのといった書類が乱雑に散らばっている。
「というわけで、第四話のスーパーでの場面、スポンサーの意向によりアルコール飲料ではなく生鮮食品売り場に変更すること。いいね」
 七菜の前に座っていたテレビ局側の男性アシスタントプロデューサーが立ち上がり、きゅっきゅとペンを鳴らして白いボードに変更点を書いてゆく。外の景色のようにぼうっと霞む頭で、七菜はびっしり書き込みのされたボードを眺める。
「七菜ちゃん。ちゃんとメモ、取って」
 頼子につつかれて、七菜ははっと我に返り、あわててノートにペンを走らせる。
「で、次は、と……どこでしたっけ」
 アシスタントプロデューサーが、斜め前に座る局側のチーフプロデューサーに視線を移した。四十代前半とおぼしき男性が、シナリオをめくりながらぞんざいにこたえる。
「二十五ページ、シーン14、(たま)()が車に乗っているシーン」
「そうそう、ここもスポンサーの意向で、車種を特定されないようじゅうぶん注意を払って撮影、ね」
 二十五ページ、シーン14、車種特定NG。機械的に七菜はノートを埋めていく。
 長いこと座りっぱなしで腰が痛い。暑すぎるくらいの空調のおかげで眠気が絶え間なく襲ってくる。七菜はカップの底に溜まった、苦いだけでなんの風味もないコーヒーを喉に流し込んだ。
 この会議、あとどれだけつづくんだろう。変更点だけならメールで送ってくれればいいのに。こうやって何時間も拘束されるのって、ほんとしんどいし、無意味だと思うんだけどな。思わずついたため息を聞きつけたのだろう、頼子が軽く七菜を(にら)んだ。
「えーと、あとはっと……」
 プロデューサーが、立ったままシナリオの、付箋の貼られたページを確認してゆく。
「どわはぁぁあ」
 チーフプロデューサーが遠慮もなにもなく巨大なあくびを発し、気だるげに首をぐるりと回してからスマホを覗き込む。ほぼ同時に館内放送が部屋のスピーカーから流れてきた。
「午後七時五十分です。退館時刻の八時まであと十分です。帰宅準備を始めてください」
 局側ふたりの顔にほっとした表情が露骨に浮かんだ。
「じゃあ今日はここらへんで。漏れてるところがあったらのちほどメールします。あとはそちらでまとめて、変更したシーンを逐次報告してください」
 ペンをしまいながら、早口でプロデューサーが告げる。ボードを写メしてから、七菜は長テーブルの上に散らかったシナリオや書類をまとめにかかった。
 ごった返すテレビ局の正面玄関を抜け、駅へと向かうひとの波から少し離れたところで七菜は立ち止まり、先ほどまでいた巨大なビルを見上げた。明かりがフロアごとに落ちてゆく。空調が切られたいま、ビル内の温度はどんどん下がっていることだろう。
「どうしたの、七菜ちゃん」
 傘を傾けて頼子が聞く。街灯に照らされて、暗闇のなかを細かな雨の粒が細い線のように流れる。
「八時で仕事が終わるなんてすごいなあと思って」
「例の働き方改革のせいね。いえ、おかげで、と言うべきかしら」
「そりゃ大企業はそうでしょうけど。結局割を食うのはあたしたち下請けじゃないですか」
「とはいえやらざるを得ないでしょう。撮影開始まであと二日なんだから」
「わかってます、わかってますけど……」
 七菜は、今日出された山のような改変指示を思い出し、気の遠くなる思いを味わう。シナリオの改稿、それによる撮影予定の変更。スタッフへの周知、ロケハンのやり直し……
 言うほうは容易(たやす)い。だがそのオーダーを叶えるためには、下請けのあたしたちは徹夜覚悟で何日も取り組まねばならない。
 手袋をしていても冷たい雨は容赦なく指さきに()み込んでくる。顔や首すじに吹きつけた雨が体温を奪ってゆく。
「とにかくやるべきことをやりましょう。まずは会社に戻って今日の会議の整理をしなくちゃ」
「はい」
「確かにいまはしんどいけれど……走り出したらあっという間よ。それに今回のドラマは」頼子がシナリオの入ったバッグをぽんと叩いた。「絶対にいいものになる。視聴率だって必ず取れる。なにより視聴者のこころに響く、たくさんの『希望』が詰まってる」
「あたしもそう思います」
 七菜はちから強く(うなず)いた。
「現場には現場の意地があるわ。局の人間がひれ伏すような素晴らしいドラマを作ってみせようじゃないの」
 みずからに言い聞かせるように頼子がつぶやく。 七菜は傘越しに空を見上げた。切れ間なく広がる雲。降りつづく糸のような雨。
「そのためにはまず祈らなくちゃ、ですね」
「祈る?」
「明日から、いえ明後日からはどうか晴れますように――」
 傘の柄を脇に挟んで、両手を合わせる。頼子がほほ笑んで頷き、七菜と同じように手を合わせ、首を垂れた。

 祈りが天に通じたのだろうか。撮影初日は雲ひとつない上天気で、以来五日めの今日まで晴天がつづいている。
 真上よりかなり下に輝く太陽からは温かい光が惜しみなく地上に降りそそぎ、万物を明るく照らし出す。だが空気はきんと冷えて氷のように冷たく、時おり吹きつける風が葉を落とした街路樹の枝を揺らしている。
 ひときわ強い風が吹き、七菜は思わず首を(すく)めた。と同時に、目のまえの自転車に乗った初老の男性が怒声を発した。
「だからなんで通っちゃだめかって聞いてるんだよ!」
 男性はいらいらしたようすでベルを、じゃりん、鳴らせる。
「すみません。あと三分、いえ一分待っていただけませんか」
 七菜は寒さと緊張で引き()る頬を無理に緩め、男性にこたえる。
「おれは急いでるって言ってんだろ。それにここはいつも通ってる道なんだ。なんでおまえに止める権利があるんだ」
「ほんとうに申し訳ございません」
 腰を直角に曲げ、七菜は頭を下げる。右耳につけたレシーバーから、撮影助手の男性の声が響いてくる。
「ちょっと七菜さん、まだですか」
「ごめん、あとちょっと」
 口もとのマイクに(ささや)いたとたん、
「ちょっとちょっとっていつまで役者を待たせるつもりだ!」
 チーフカメラマンである()(むら)(みのる)の怒りの声が届く。
「すみません、あの」言いかけた七菜を遮って、
「誰に向かって喋ってんだ。おれの話を聞け」初老の男性が()えた。うろたえた七菜は周囲を見回す。
 広い歩道の向こうに、固まって立つ撮影クルーのすがたが見える。中腰でカメラを構えた稔が、太い眉を思いきりしかめてこちらを睨んでいる。
 カメラの先には、昭和の匂いのするレトロな喫茶店の出入り口。これから撮るカットは、主人公である()(いわ)()あすかと(たちばな)一輝(いっき)が連れだってこの喫茶店から出てくるシーンだ。なんてことはないシーン。一分もあれば撮れるはずのシーン。だったのだが。
「もういい、どけ」
 言うなり男性が、自転車のペダルに足を乗せ踏み込もうとする。
「待って、お願い待ってください」
 パニックに陥った七菜は、全身のちからを込めて自転車の前カゴを掴んだ。
「離せ」
「嫌です」
 押し問答するふたりを、警備員に止められた他の通行人が好奇の目で見つめてくる。
 どうしよう、このひとだけ通してしまおうか。でもひとり通したらここにいる全員が動き始めてしまう。そしたらまたテストからやり直さねばならない。混乱しきった頭で七菜は考える。そのとき。
「なにやってるの!」
 澄んだ高い声がし、七菜の横顔を黒い影が覆う。カゴを掴んだまま見上げる。七菜の上司であるプロデューサーの頼子が、細く整った眉を釣り上げ、七菜をきつい目で見つめていた。
「あのですね」
 状況を説明しようとした七菜のことばにかぶせるように、
「部下が大変失礼致しました。ご立腹、ごもっともだと存じます。どうぞお許しくださいませ」
 頼子は言い、まっすぐに相手の目を見てから深々と腰を折った。艶やかな茶色の長い髪が、さらららら、音を立てて揺れる。
「なんだ、あんたは」
 気勢を削がれたのか、男性の声に戸惑いが混じる。頼子が顔を上げた。
「この現場の責任者で板倉と申します。お急ぎのところ誠に申し訳ありません。撮影はすぐに終わらせます。ほんの少しだけお時間、いただけないでしょうか」
 男性の目を覗き込むようにして、穏やかに頼子が語りかける。色白で細面の顔に、切れ長の二重の瞳。すっと通った鼻すじの下に、薄くて品のよいくちびるがつづく。愁いを含んだまなざしで男性を見つめた頼子がことばをつづける。
「わたくしに免じてどうかこの場はお怒りをお納めいただけませんでしょうか。この通りでございます」
 ふたたび頼子が深く首を垂れる。あわてて七菜も頼子に倣う。
 男性のちからがふっと緩んだ。
「……しょうがねえな。一分だけだぞ」
「ありがとうございます!」
 頼子と七菜の声が重なる。頼子がすばやくマイクに囁く。
「OKいただけました。カメラ回してください」
「了解。シーン36、本番行きます」
 助監督が声を張り上げる。
 その声に応じて、音声助手が高々とマイクを持ち上げる。照明助手の持ったレフ板が太陽の光をカメラの先に集めた。()(ぐち)監督がカメラ脇で腰をぴっと伸ばす。
「シーン36本番、よーい、はい!」
 矢口監督のハリのある声が冷たい空気のなか響く。
 かちん。カチンコが切られる音がする。七菜は息すら止め、いっしんに喫茶店のドアを見つめた。
 ちりりんとドアベルが鳴り、喫茶店のドアが開く。まず一輝が、つづいてもの思いに沈んだ表情のあすかが、歩道へとすがたをあらわした。会話を交わしながらふたりが歩道を歩いていく。ふたりの動きに合わせ、カメラやマイク、レフ板がゆっくりと移動する。
七菜の位置からでは俳優の背中しか見えない。聞こえるのはふたりの足音と、会話する声だけだ。そのほかのすべては、まるで時間が止まったように静かで、なんの音もしない。
 七菜はこの瞬間が大好きだ。
 二次元のシナリオが三次元に変わる瞬間。
 紙に書かれたせりふが、ひとの声と動き、表情によって、生き生きと立ち上がる瞬間。
 その一瞬いっしゅんを作り上げるために、チーム全員がひとつになる瞬間。
 このドラマを無事に完成させなくては。そして視聴者のもとに届けなくては。絶対に。
 遠ざかってゆくふたりを見守りながら、七菜は改めてこころに誓う。
 ふと気になって自転車のおじさんをちらりと見る。先ほどまで口角泡を飛ばす勢いで喋っていたおじさんすら目をまん丸に開け、魅入られたように撮影を見守っていた。
 話しながら歩道を歩くふたりのすがたが、角を曲がり、視界から消えた。数秒後、
「カット。シーン36OK」
 角に立つ矢口監督が右手を上げる。
「OK」「シーン36OKです」
 カメラ班、照明班、音声班の各チームがいっせいに復唱する。張り詰めていた現場の空気がふっと緩んだ。
 一輝とあすか、それぞれのマネージャーがすかさず駆け寄り、分厚いコートを着せかける。そのままぴったり寄り添うようにして、路肩に停めたタクシーへとふたりを導いてゆく。
 一輝とあすかがタクシーに乗り込んだのを確認してから、頼子が自転車の男性に向かって頭を下げた。
「たいへんお待たせいたしました。どうぞお通りください」
「おい、いまの橘一輝と小岩井あすかだろ。すげえじゃん、なあ」
 さっきまでの渋面はどこへやら、頬を紅潮させて男性が叫ぶ。
「なんてドラマだい。おれ、ぜったい観るよ」
「すみません。まだ情報解禁前でして」
 眉根を寄せ、頼子が(うつむ)く。男性がさらになにか言いかけるのを、
「民放で四月スタート、としか申し上げられないのですが。本日はご協力、ほんとうにありがとうございました」
 穏やかではあるが、有無を言わせぬ威厳を持って頼子が封じた。うんうん、男性が小刻みに頷く。
「そうかそうか。あんたたちも寒いなかご苦労さんだな。お姉さん、がんばれよ。そっちの嬢ちゃんもな」
 ベルを鳴らし、鼻歌を歌いながらペダルを漕いで去っていった。
 角を曲がり、男性のすがたが完全に消えてから、ふう、頼子が息を吐き出した。白い空気のかたまりが一瞬浮かんで消える。
「頼子さん、迷惑かけちゃってすみませんでした」つぶやいて、七菜はくちびるを噛みしめる。
 頼子の顔がまともに見られない。五年も現場にいて、通行人ひとり止められないじぶんが心底情けなかった。
「仕方ないわよ。ああいうタイプは一度頭に血が上ったらなにを言っても聞かないからね」
 頼子が柔和な笑みを浮かべ、七菜の肩をとんとんと軽く叩いた。最前見せたきつい表情とは正反対の、優しくて温かい笑顔。
 七菜にはわかっていた。あの場で強く叱ることで頼子は七菜を救ってくれたのだと。こうしていままでに何度、頼子に助けられて来たことだろう。
「撤収します。次の現場に移動します」
 助監督が、両手をメガホンのように口にあてて周囲に告げる。
 スタッフがいっせいに動き出す。規制されていた通行人がどっと狭い路地に溢れ出した。
「行きましょう」
 頼子が早足で歩き始める。あとを追おうとした七菜は、前方から小走りでやってきた男性と正面からぶつかってしまった。反動でふたりとも大きくよろける。
「す、すみません」あわてて七菜は頭を下げ、ぶつかった相手を見る。「だいじょうぶですか?」
 背の低い太った若い男性。黒縁の眼鏡をかけ、顔の下半分を白いマスクで覆い、ニット帽を眼鏡の端ぎりぎりまで深くかぶっている。首がからだにめり込むくらい短く、四角くて分厚い体型だが、そのくせ手足だけが妙に細くて長い。なんとなく七菜は蟹を思い起こす。
 男性は七菜に視線を向けることなく、無言で走り去っていった。
 感じ悪っ。むっとした気持ちが込み上げてくるが、もちろん追いかけるわけにはいかない。
「どうしたの」
 数歩先を歩いていた頼子が立ち止まり、声をかけてくる。
「いえ、なんでもありません」
 七菜は早足で頼子に追いついた。軽く頷き、頼子がふたたび歩き出す。
佐野(さの)くんと(たいら)くんは?」前を向いたまま頼子が問う。
「それが見あたらないんですよ」
 コードを巻く撮影班、照明班を透かし見ながら七菜はこたえる。
 佐野李生(りお)と平(だい)()は七菜の後輩にあたるアシスタントプロデューサーだ。
 二十六歳の李生は新卒でアッシュに入り、いま三年め。大基は今年四月入社予定、二十二歳の新人で、研修を兼ねたアルバイトとしてこの現場に通っている。
「かんじんなときにいないんだからなあ、もう」
 七菜の口調はついつい愚痴めいたものになってしまう。そもそも通行人の整理は後輩である李生や大基の仕事だ。揉めごとが起きたら、彼らがまっさきに対応にあたるべきなのに。
「呼びました?」
 真後ろから声がし、ぎょっとして振り向く。
 明るい茶色の髪に緩くパーマをかけ、だぼっとしたジーンズを穿()いた長身の李生がレジ袋片手に立っていた。
「どこ行ってたのよ。大変だったんだから」七菜が睨むと、
「監督に頼まれて次のシーンに必要なもん、買い出しに行ってたんすけど」
 あくまでも冷静な口調でこたえる。
「そんな用事は平くんに任せて、佐野くんはちゃんと現場にいてよ」
「仕方ないっしょ、あいつ、どこにもいなんだから」
 李生が七菜を抜かして頼子の横に立った。なおも言い募ろうとする七菜を「喧嘩しない、喧嘩しない」生徒でも叱るように頼子がなだめる。
 と、七菜のスマホが、ぶるり、震えた。コートのポケットから引っ張り出し、ロックを解除する。メイクのチーフであり、このチームで七菜といちばん親しい()(がわ)(あい)()からLINEが入っていた。書かれたメッセージを何気なく読んだ七菜は、思わず息を呑み、足を止めた。
「やばい……」
 なかば無意識に声が漏れる。聞きつけた頼子と李生が振り返る。
「どうしたの」
 怪訝な顔をした頼子と李生に、七菜は震える声で「こ、小岩井さんが……」言い、無言で画面を見せる。ふたりの顔がさっと強張る。
「まだ十時半なのに……」李生が(うめ)く。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
 頼子が走り出し、あわてたように李生もロケバスへと向かう。ふたりよりだいぶ背の低い七菜は、負けまいと必死に足を繰り出した。

 

【次回予告】

どんなにスケジュールが押して大変でも、ロケ飯の持つパワーは偉大! 七菜の格闘は続く!

〈次回は1月24日頃に更新予定です。〉

プロフィール

中澤日菜子(なかざわ・ひなこ)

1969年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。2013年『お父さんと伊藤さん』で小説家デビュー。同作品は2016年に映画化。他の著書に、ドラマ化された『PTAグランパ!』、『星球』『お願いおむらいす』などがある。

<中澤日菜子の「ブラックどんまい!」連載記事一覧はこちらから>

初出:P+D MAGAZINE(2020/01/17)

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