▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 柏木伸介「探偵とちぎれた女」

「大どんでん返し」Excellent第12話

 その女の人生は、途中からちぎれていた。

「それでは、奥様が失踪される理由には、まったく心当たりがないわけですね」

 私の問いに、桜田おさむはうなずいた。汗かきなのか、心地良い初夏の陽気にもかかわらず汗だくとなっている。

 桜田理の妻──若菜は一年前に消息を絶った。理は即座に警察へ相談し、行方不明者届を出した。警察は事故と事件の両面から捜査したが、成果は上がらなかった。

 理は探偵事務所に頼った。どこも空振りに終わった。住んでいる町で評判のいい探偵は、すべて回り尽くしてしまった。結果、遠く離れたこの事務所を訪れることとなった。

 夫婦仲に問題はなかったと夫は言う。ただ、桜田若菜が失踪した日は、夫妻の結婚記念日だった。それ以降、彼女の人生はちぎれてしまった。

 私が勤める事務所には複数の探偵がいる。所長の承諾を得て、依頼を引き受けることになった。と言うより、所長が私を指名した形だった。LA辺りには個人営業や、美人秘書つきの探偵がいるらしい。日本では考えられないことだ。

 この事務所には女の職員が多い。所長も女だ。彼女の厚意で、半年前から勤めることとなった。探偵業は私の性に合っていると思うが、独り立ちには時間がかかった。先輩の探偵がメンターとしてつき、七カ月目の本件が一人での初仕事となる。苦手な書類仕事からも解放される。依頼文書作成のため、事務員へ引き継いだ。いかにも〝事務のおばちゃん〟といった感じの女だが、そう呼んだことはない。セクハラになってしまう。

 桜田理の職業は銀行員。地元の第一地銀に勤務している。年齢は三十四歳、妻の若菜より二歳年上だ。子どもはない。住居は中所得者向けの県営住宅だった。

 私は、桜田夫妻が住む町から当たることにした。妻の若菜は保険会社で営業をしていた。アポを取り、訪問する。

「桜田さんは、非常に優秀な社員でして」

 対応した支社長は、大きな声で言った。声量がコントロールできないのかも知れない。

「何度も表彰されているぐらいです。単なる営業職に留まらず、行方不明となられる前には、新たなプロジェクトの責任者に抜擢されたほどでして」

「仕事は順調だった。それが原因で失踪したとは思われない。そういうことですか」

 支社長は明るくうなずいた。浮かべている笑みは営業用か、妙な作り笑いにも見えた。

 プロジェクトのメンバーからも話を聴いた。進捗は順調で、桜田若菜が悩んでいた様子は見られなかったという。私の質問に、社員は丁寧に対応した。丁寧すぎるほどに。

 プロジェクトは、一言で言えばインターネット営業の拡充だった。提携しているIT企業は、私が勤める探偵事務所と同じ町にある。桜田若菜が失踪した日も、彼女は当該IT企業へ打ち合わせに出かけていた。

「普段はリモートなんですが」社員は、やはり丁寧に言った。「その日に限って弊社のネット環境が不調でして。その回復も含めて、桜田さんが急いで向かったんです」

 そして、桜田若菜は失踪した。私は提携するIT企業へ向かった。

 IT企業は、探偵事務所とは町の反対側同士になる。さほど大きな会社ではない。

「あの日、桜田さんは珍しいほど急がれていました。何か大事な日だとかで」

 IT企業の社長は、まだ二十代で若い。唇の端が奇妙に痙攣している。

「よほど慌ててたんでしょうね。バッグをお忘れになって」

 バッグは行方不明者届が提出された後、警察に提供したと言う。IT企業を出た若菜は、バス停へ急いだ。同じルートを私も辿った。バス停の傍には、一枚の古びた看板があった。

〝──ここで、人と自動車の衝突事故がありました──〟

 事故の日付は、若菜の失踪日と一致している。ならば、私が向かうべき場所は――

「待ってたよ」自宅ドアを開け、桜田理は言った。「おかえり」

 所長はじめ今日会った人間は皆、私を家路へ導こうとしていた。下手な芝居ばかりだった。事故の影響か、何も思い出すことはできない。顔も整形で変わってしまっている。

 それでも私は、自分の夫に〝ただいま〟と言った。

  


柏木伸介(かしわぎ・しんすけ)
1969年、愛媛県生まれ。横浜国立大学卒。第15回『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞を受賞し、2017年に『県警外事課クルス機関』でデビュー。同シリーズに『起爆都市』『スパイに死を』、ほか「警部補 剣崎恭弥」シリーズなど。最新作は『革命の血』。

◎編集者コラム◎ 『シンデレラ城の殺人』紺野天龍
「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第14回