田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第44回

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ
本屋がなくなる、という話を聞くたびに、それは単に「本を買う店が1軒減る」ということではないのだろうな、と思うことがある。もう少し別の、もっと静かで、でも確かに大きなことが、そこで起きている気がするからだ。
本屋という場所は、まちのなかに置かれた小さな港のようなものなのかもしれない。急いでいる人も、少し疲れた人も、何かを探している人も、べつに何も探していない人も、誰でもふらりと立ち寄ることができる場所である。背表紙の並びを眺めているうちに、気持ちが少し整ったり、思いがけない言葉に出合ったりする。雑誌の表紙に季節を感じ、平台の新刊に世の中の風向きを教えられることもある。そういう、用事だけでは説明できない時間が、本屋にはある、と僕は思っている。
だから本屋がなくなるというのは、買い物の選択肢が減ること以上に、まちから「寄り道の文化」が消えていくことなのかもしれない。急がなくていい時間であり、知らなかったものに出合う時間であり、誰かが選んだ「棚」を通して、世界の見え方が少しだけ広がる時間。そういうものが、まちから少しずつ失われていくことである。本屋に関わり30余年の僕が言うと、贔屓目に思えるかもしれないが、そう思うからこそ僕は本屋に関わり続けている。
島根県大田市と茨城県常陸太田市の書店をめぐる動きは、そんなことをあらためて考えさせる。
同じ「おおた」の名を持つ二つの市で、本屋をめぐる事情は少し違うが、どちらのまちにも共通しているのは、本屋をただの商業施設としてではなく、地域に必要な場所として見直そうとしていることにある。
島根県大田市では、2024年3月に市内唯一の書店が閉店し、書店ゼロの状態になった。市はその後、書店誘致のための支援制度を創設し、松江市に本社を置く今井書店の出店を決定した。新しい今井書店大田店はイオンタウン大田に入り、2026年6月24日に開店した。報道によれば、市は開店準備費に加え、開業後の賃借料や販売促進費なども含めて、10年間で最大5500万円を補助するという。
無書店自治体という言葉にすると、どこか事務的で、少し乾いた響きになるが、実際にそこで起きていることは、もっと生活に近い。子どもが学校帰りに雑誌をのぞく場所がなくなる。参考書を手に取って比べる場所がなくなる。新刊の話をきっかけに、誰かとちょっと会話するきっかけがなくなる。つまり本屋がなくなるというのは、本そのものだけではなく、本をめぐって生まれていた小さな動きや、小さな会話まで失われるということなのだと思う。
大田市の取り組みが印象的なのは、その喪失を「しかたのないこと」として流さなかったことにある。採算だけを見れば、地方で本屋を続けるのは簡単ではない。けれど、採算だけで切り捨ててしまうと、まちは少しずつ文化の厚みを失っていく。土の薄い畑では、作物が育ちにくいように、一概には言えないが、本と出合う場所のないまちでは、言葉や関心や想像力も、どこか育ちにくくなるのではないか、と考えた場合、大田市の支援は、その痩せていく土を、もう一度耕そうとする試みに見える。
一方、茨城県常陸太田市は、少し違う風景を見せている。
こちらは、もともと宮田書店、稲野辺書店、石田書店など、地域に根ざした書店が存在してきた。つまり、常陸太田市は書店ゼロへの対応というより、既存の地域書店があるなかで、さらに新しい拠点として大型書店機能を導入した事例として見るほうが正確だろう。市は東部土地区画整理事業用地で官民連携複合施設の整備を進め、その中核として TSUTAYA BOOKSTORE 常陸太田が2026年6月24日に開業した。施設にはスターバックスコーヒーや地元飲食店も入り、学習スペースも設けられている。
ここでの本屋は、失われたものを埋めるだけではなく、これからのまちに必要な居場所をつくる役割を担っているように見える。本を買うためだけに立ち寄るのではなく、少し座って、考えて、誰かと会って、また別の場所へ向かう。そういう時間の流れのなかに本屋が置かれている。いわば本屋が、まちの真ん中に置かれたベンチのようになっている。そこに腰を下ろすことで、人は少し呼吸を整え、次の一歩を考えることができるという場所として。
この二つの事例を見ていると、本屋はやはり、地域の学び・交流・にぎわいを支える公共的な存在になる可能性があるのでは、と思ってしまう。ただ、いま本屋に託されている意味は、もう少し広く考えていいのではないか、とも感じる。本屋は地域のためにあるだけではない。じつは、日本の出版や漫画やアニメ、その先にあるコンテンツ産業全体を、足元で支えている場所でもある。
そのことをはっきり言葉にしていたのが、 日経BOOKプラスの「経産省が書店に関わろうと考えた背景」という記事 だった。この記事では、経済産業省が書店支援に乗り出した理由として、書店が日本の中長期的な競争力の基盤であること、そしてエンターテインメント産業の土台でもあることが語られている。新しい発想や多様な価値観に触れる場として書店があることは、社会の創造性を支える。そしてもう一つ大きいのは、漫画やアニメの源流となる雑誌や単行本の流通を支えるうえで、全国に書店があることが重要だという視点である。
確かに、世界で人気のある漫画やアニメも、いきなり空から降ってくるわけではない。雑誌が売れ、単行本が売れ、読者が育ち、作家が育ち、編集者が挑戦できる環境があって、ようやく次の作品が生まれる。その入口の一つが、まちの本屋なのだと思う。子どもが少年誌を手に取ること。新しい作家の名前を棚で知ること。表紙にひかれて、まだ知らない物語に出合うこと。そういう一見ささやかな出来事が、じつは日本のIP(知的財産)やコンテンツ産業の裾野を支えている。
地方の本屋は、小さい。
売上だけを見れば、都市の大型店やネット書店にはかなわないかもしれない。
でも、地方の本屋が担っているのは、数字だけでは測れない最初の出合いである。読者が本と出合う最初の場所であり、子どもが雑誌や書籍の文化に触れる最初の場所であり、誰かが自分の関心を、社会のなかの言葉につなげる最初の場所なのだ。その入口が全国から消えていくことは、文化の裾野が静かに削られていくことでもある。
だから、国が書店を支援する意味があるのだと思う。
それは、弱いものを守るためだけではなく、未来の創作や産業の土台を守るため。自治体の努力だけでは届かない領域がある。たとえば、流通の仕組み、返本率の高さ、販売データの不足、書店の利益率の低さといった問題は、一つの市や町だけで解決できるものではない。そこに国が関わる意味があると僕は考えている。
先ほどの日経BOOKプラスの記事「経産省が書店に関わろうと考えた背景」でも、返本率の高さや販売データの不足、流通の非効率が大きな課題として挙げられていた。RFID(ICタグを無線で読み取る仕組み)などを使って在庫や販売を可視化し、何がどこで売れているかを把握できるようにする。そうすることで、過剰な配本や大量返本を減らし、書店の利益率を改善していく。こういう話は一見地味だけれど、じつはとても大事な話だと思う。本屋を支えるというのは、店主の情熱に期待することではなく、続けられる仕組みを整えることだから。見えないところで水路を引かなければ、田んぼに水は届かない。本屋も同じで、店頭の風景を守るには、その裏側の流通やデータの基盤を整えなければならない。
本屋を守る、という言い方をすると、少し懐かしさに寄りかかりすぎるところがある。
でも、いま必要なのは、懐かしむことより、更新することなのだと思う。
これからの地方書店は、本を売るだけの場所ではなく、学びの拠点であり、交流の拠点であり、にぎわいの拠点であり、さらにコンテンツ産業の入口でもあるべきなのだろう。学校や図書館とつながり、地域のイベントや対話を生み、子どもたちが「これからの読者」になる回路をつくる。あるいは、地域の書き手や表現者が最初に社会とつながる場所になる。観光や地域産品と結びつきながら、その土地ならではの棚をつくることだってできる。つまり本屋は、地域の学び・交流・にぎわいを支える公共的存在であるだけでなく、地域の表現を育て、日本のコンテンツ産業の土台を支える編集された場でもありうるのだと僕は考えている。
そのためには、感傷ではなく、インフラとして支える視点が欠かせない。出店補助や家賃補助だけではなく、流通の最適化、在庫管理のデジタル化、学校や図書館との連携、イベントを支える人材、地域ごとの需要に応じた小さな書店モデルの整備など、そうした基盤があってはじめて、本屋は「頑張って残る場所」ではなく、「続いていける場所」になるのではないだろうか。
島根県大田市のように、失われた本屋を取り戻そうとする動きも大切だし、茨城県常陸太田市のように、既存の地域書店があるまちに、新しい拠点として大型書店を組み込む発想も大切だと思う。どちらにも共通しているのは、本屋をただのテナントとして見ていないことだろう。
本屋は、まちの文化を支える。学びを支える。交流を支える。にぎわいを支える。
そしてそれだけではなく、日本の出版と漫画とアニメ、その先にあるコンテンツ産業全体を、静かに、しかし確かに支えている。
本屋は小さな場所だ。
けれど、そこで起きていることは、たぶん、ぜんぜん小さくないのではないだろうか。
一冊の本を手に取ることや一冊の雑誌をめくること。
ひとりの子どもが棚の前で立ち止まること。その積み重ねの先に、地域の未来も、日本の創造力もあると思いたい。
だから本屋は、なくなってから惜しむのでは遅い。
地域のためにも、産業のためにも、いま支える理由がある。
そして支えるなら、思い出としてではなく、未来のための基盤として支えるべきなのだと思う。
田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。

![特別対談 田口幹人 × 白坂洋一[後編]](https://shosetsu-maru.com/wp-content/uploads/2022/10/honmado202211SP_t.png)
![特別対談 田口幹人 × 白坂洋一[前編]](https://shosetsu-maru.com/wp-content/uploads/2022/08/honmado202209SP_t.png)

