井上先斗『夜がまだ明けない』

〈本物〉のハードボイルドを
〈本物〉でありたいという、いかにも偽物の抱きそうな矜持を持っている。パンク・ロックの聞きすぎが原因だ。
鋲ジャン着て反体制っぽい歌詞の曲を奏でるだけでパンクスになれるわけではない。既存のバンドのモノマネじゃダメなんだ。自分の頭で考えているのなら、ラブソングをスローに歌おうとも真のパンクスでいられるんだ。パンクにはそんなノリがある。偽物と認定された人はファッションパンクスと馬鹿にされたりする。
なんだか排他的で良くないとは思っている。
〈ファッション〉こそが、そのカルチャーを成立させているのだという考え方だってある。大体パンクがブームになりジャンルとして定着したのは「この格好でこういうことをすればパンク」という分かりやすさあってこそだろう。
ここまで認識した上で、僕は、違うと叫んでしまう。本質がどこかにあって、そこさえ捉えていれば、他のありとあらゆるものが先達と異なっていても〈本物〉。真にパンクスなのか、あるいはファッションなのか。その差は絶対にあると信じているし、この視点をあらゆるものへ向けてしまう。
小説家としても、それをやっている。
私立探偵・苗場清志郎を主人公としたこのシリーズは僕の思うハードボイルド・ミステリの本質を摑まんとした連作である。
視点人物が目の前の謎に対し行動をしていく中で社会と自身の距離を推し量る構造が、このジャンルの核だと僕は考えている。
苗場は暴力を振るいも振るわれもせず、減らず口も叩かない。芯のところでは案外タフな気はするがタフガイと呼ばれるタイプではない。本短篇集には、不可能現象に対する推理のトライ&エラーを繰り返すパズラーの色が濃い話もあれば、元恋人との駆け引きを中心に置いた話もある。しかし、どの短篇でも苗場は世界を観察し続けている。
目指しているのは、日本ではネオ・ハードボイルドとまとめられている一九六〇年代以降に書かれたアメリカの私立探偵小説群である。どこを特色と見るかは評者によって異なるのだけれど、僕は、チャンドラーやスピレインの安易なコピーではない「時代性を鑑みて変容した私立探偵小説」と捉えている。探偵は必ずしもタフガイではなくなり、ギャングとの銃撃戦も余り起こらない。しかし本質はちゃんと摑めている。
つまりは、〈本物〉だ。
『夜がまだ明けない』も、僕も、そうであることを願っている。願ってしまう。
井上先斗(いのうえ・さきと)
1994年愛知県生まれ。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年『イッツ・ダ・ボム』で第31回松本清張賞を受賞しデビュー。他の著作に『バッドフレンド・ライク・ミー』『ノーウェア・ボーイズ』。





