「推してけ! 推してけ!」第37回 ◆『なんやかんや日記 京都と猫と本のこと』(武田綾乃・著)
評者=文学 YouTuber ベル
「小さな幸せ」の大きな吸引力に魅せられて
アラサーならピンときてくれるだろう。学生時代、「脳内メーカー」という WEB サービスが流行った。名前を入力すると、その人の脳内のイメージを複数の漢字で表してくれるというものだ。何の根拠もないだけに、「嘘」の周りを「愛」の文字で固めている薄情者や「H」と「遊」と「欲」で占領されている煩悩にまみれし者を見つけては、友人同士でからかい合ったことが懐かしい。
『なんやかんや日記 京都と猫と本のこと』。小説家・武田綾乃による初のエッセイ集は、まさに彼女の「脳内メーカー※超高解像度 ver.」といえる。
武田綾乃といえば、大学時代にプロデビューを果たし、2作目の『響け! ユーフォニアム』シリーズが爆発的な人気を獲得。青春小説の書き手としてのイメージが強いだろう。瑞々しい筆致、巧みな心理描写、現代と日常を切り取る鮮やかさが読者の心を掴んで離さない。その後もミステリー、恋愛、ファンタジーなど執筆ジャンルは多岐にわたり、現在では漫画の原作などでも活躍している。
今年でデビュー10周年、31歳を迎える彼女が見つめているものは何か?
本書では、生まれ故郷の京都や愛猫との思い出のほか、友人とのルームシェア経験や結婚に至る経緯まで、著者を形作る「好き」なものを軸としたエピソードが35編収録されている。各編に添えられたゆるかわイラストは、美術サークル仕込みの著者直筆によるものだ。
毎日を必死に生きていると、「なんでうまくいかないんだろう?」とどうもネガティブな探究をしがちなものだが、著者は「なんでこんなに好きなんだろう?」とぐんぐんポジティブな興味の深掘りをしていく。
ベストセラー作家なら、華やかなイベントが多くあり、それが執筆のネタにもなるだろうと思うかもしれない。しかし、これがまた特別稀有な経験をしているようには映らない。それどころか、アラサーの焦りや健康問題、相棒との別れといったリアルな話題にも触れている。
では、何が卓越しているのか? それは日常の中にある「小さな幸せ」を見つける感度の高さだ!
ある時は、病院食が口に合わずに憂鬱になるも、偶然美味しい漬物に出会ってからは気分が劇的に明るくなる。またある時は、周囲の結婚ラッシュに焦りを感じるも、「寂しさ」が原因だと気づき、今は彼氏が欲しい時期だと宣言する。
幸せを探す素直な視線に、読者はすっかり著者の友人気分になり、応援したくなる。
これは彼女の書く小説にも共通する。登場人物たちは飾り気のない日常を送っているが、そこに鋭くも優しい確かな視点が加わり、一人ひとりの魅力が表されるのだ。私たちはその感性を借りることで、作品への信頼を寄せ、希望を見出すのだろう。
アニメ、特撮、舞台、お笑い……新しいコンテンツや文化へ最上級の愛を示し、軽やかに往来していく様は実に気持ちがいい。著者の周りには自ずと厳選されし同志たちが集まり、おしくらまんじゅう的に「好き」の温度が上がっていく。
中でも本に対する情熱は格別だ。『ハリー・ポッター』でどの寮に入るか妄想したこと、『星の王子さま』が初読では理解できなかったこと、お酒にはめっぽう弱いが『夜は短し歩けよ乙女』で電気ブランに憧れたこと……はいそうです。思いっきり世代の私にはぶっ刺さってしまいました。
〝作者は読者のなれの果て〟という言葉があるそうだ。読者愛と創作愛が地続きになっている武田綾乃を表すに近しい言葉ではないだろうか。
〝私は自分の人生を全力で楽しむと決めているので、これからもどんどん未来のために伏線を仕込んでいくつもりだ。次はどんなことをしようか。今のところ、それを考えている時が一番楽しい。〟これから彼女の脳内メーカーにどんな要素が増えていくのか、楽しみで仕方ない。
さあ皆さん、著者の愛飲する伊藤久右衛門のほうじ茶を片手に、ゆったりした気持ちでご一読あれ。
【好評発売中】
『なんやかんや日記 京都と猫と本のこと』
著/武田綾乃
文学 YouTuber ベル
YouTube で、読書の魅力を発信する動画クリエイター。「気軽に読書を楽しめる仲間を増やしたい」という思いで、日々の活動を行う。人気のジャンルは、書評動画。作家対談や本にまつわるあれこれの解説も行う。
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〈「STORY BOX」2023年7月号掲載〉