『川のほとりに立つ者は』寺地はるな/著▷「2023年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
誰も叱ってくれない今だからこそ
わたしが営業部員だった頃、書店員さんから「この作家さんいいよ~!」とおすすめされたのが、寺地はるなさんでした。
作品を読み「なんでこんなに気持ちをわかってくれるんだろう…」と心を摑まれ、文芸の編集部に異動になるとすぐ、寺地さんに人生初めての執筆依頼をしに行きました。
そんな寺地さんと、一作目は『どうしてわたしはあの子じゃないの』という思春期の学生時代を題材にした作品を作らせて頂きました。
そして二作目の打ち合わせをした際に、寺地さんは身近な経験から、「字を書く」ことを作中のひとつのモチーフとして挙げてくださいました。
打ち合わせ中、寺地さんの手元のノートに「こんな人が出てきて」「こういうシーンがあって…」と、どんどんアイデアが書きだされて物語の骨子が出来上がっていくのを、驚きと興奮の中で眺めていました。
そうして生まれた本作は、コロナ禍で仕事に疲弊し、自分のことに精一杯になっていた29歳の女性が、自分の「当たり前」とは異なる人々と出会い、ぶつかり、もう一度新しい目線で、恋人や同僚、自分の周囲にいる人々を見つめようとするお話です。
雑誌連載で最終回原稿を読んだとき、優しくて、切なくて、力強くて、世界が広がっていくような清々しさにしばらく放心していました。
そのあと、わたしは猛烈に自分のことが恥ずかしくなりました。
いつから、自分はこんなに頑なになっていただろう?
社会に出て一人前のつもりだったけれど、自分の常識で誰かのことを決めつけたり、知らないうちに傷つけたりしていなかったか?
そんな思いに駆られて、けれど大人になった今、それを叱ってくれる人は誰もいなくて、わたしはこの作品から忘れてはいけないことを教えてもらったのだと思います。
大切な人をもっと大切にすること、わかりあえない人の背景を想像すること。
それを忘れてしまう時もありますが、そのたびにこの作品を読んで、自分の近くにあるもの、遠くにあるもの、それぞれを大切にしていきたいと強く思いました。
雑誌連載では『明日がよい日でありますように』というタイトルでしたが、単行本では『川のほとりに立つ者は』に改題されました。
この言葉の意味を知ると、きっと見ている世界が変わります。
どうか、一人でも多くの方に読んで頂けたら嬉しいです!
これからの世界を生きる上で、お守りのようになってくれる1冊です。
──双葉社 文芸第一出版部 田中沙弥